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ピエール瀧被告、「ヘリ追跡」報道の問題はどこに? 必要なのは薬物報道のアップデート

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
Rodrigo Reyes Marin/アフロ(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

必要なのは薬物報道のアップデート

 ピエール瀧被告の報道が相変わらず過熱している。芸人であり、卓越した裁判傍聴記の書き手でもある阿蘇山大噴火さんは自身のTwitterで、ヘリなどを使って保釈されたピエール瀧被告を「追跡」するメディアについて、こんなことを書いている。

「社会的影響を考慮すればピエール瀧が保釈された事を報じるのは理解出来る。でも、ヘリ3台・バイク5台で追い掛けて伝える意味が分からない。コカインの値段や吸い方を放送してるのと同じくらい意味不明」

 全面的に同意する。ヘリ追跡まではいかなくとも、この間の多くの報道は、大なり小なり芸能人のスキャンダル騒動と同じような扱いでしかなく、かねてから指摘されている薬物報道の問題をまったく解消しないまま今に至っている。つまり、薬物報道はアップデートされていない。

どうアップデートしたらいいのか

 私も過去の記事、ラジオやテレビなどで繰り返し語ってきたが、薬物報道の最大の問題は、報道する側の多くが依存症を病気として捉えていないことだ。そのため、患者の回復を遠ざけ、追い詰めるような報道がまかり通ってしまう。

 2017年1月に、国立精神・神経医療研究センターの精神科医・松本俊彦さん、依存症患者の支援に関わるダルク女性ハウス代表の上岡陽江さん、評論家の荻上チキさんらによる記者会見があった。

 彼らが作成した薬物報道ガイドラインを発表した会見である。そこでも強調されたのは、考えが浅い報道によって薬物依存症患者が追い詰められるという事実だった。

 せっかく治療につながっているのに、大きな報道がでて批判の声が高まるたびに責められるように感じてしまうこと。「白い粉や注射器」といったイメージ映像が流れるたびに、薬物への渇望が刺激されてしまう患者がいる。彼らは報道によって再使用への引き金を引く。

 そんな声が次々と上がった。薬物報道ガイドラインには避けるべき報道として、こんなことが書いてある。

・薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと

・逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと

・「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと

 さて、この間の報道はどうだっただろうか。瀧被告も出演した映画「麻雀放浪記2020」で主演を務めた斎藤工さんが、公開が決まった後の

インタビュー

出典:https://movie.walkerplus.com/news/article/182575/

で「“社会でいま起きていることを未来に向けて配信する”、“社会に抗う”というのが、本来、映画が持つ役割の1つでした」と発言している。

 この対応が話題になったのは、音楽業界の多数派ーそんな中で、フジロックがソロで石野卓球さんの出演を決めたことは評価に値するー、テレビ業界が一斉に瀧さんの作品を封じてしまったからだ。

 私は毎日新聞時代、事件報道の大きな意義として「事実を的確に伝えることによって、再発防止や事件・事故の風化を防ぐことにつなげること」にあると何度も聞かされてきた。どこまで実現できているかはわからないが、意義そのものは間違っていないと今でも思う。

 薬物依存症に苦しんでいる人を治療につなげていく報道は再発防止につながる。事件報道の意義とまったく矛盾しない。

 ヘリまで使って追いかけ回す報道や、強い瀧被告個人のバッシングは事件報道の意義に適っていると言えるだろうか。明らかに言えないだろう。必要なのは瀧被告の一挙手一投足を追いかける報道ではない。

 薬物報道のアップデートだ。

 以下、薬物報道ガイドラインを全文掲載する。

【望ましいこと】

・薬物依存症の当事者、治療中の患者、支援者およびその家族や子供などが、報道から強い影響を受けることを意識すること

・依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること

・相談窓口を紹介し、警察や病院以外の「出口」が複数あることを伝えること

・友人・知人・家族がまず専門機関に相談することが重要であることを強調すること

・「犯罪からの更生」という文脈だけでなく、「病気からの回復」という文脈で取り扱うこと

・薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること

・依存症の危険性、および回復という道を伝えるため、回復した当事者の発言を紹介すること

・依存症の背景には、貧困や虐待など、社会的な問題が根深く関わっていることを伝えること

【避けるべきこと】

・「白い粉」や「注射器」といったイメージカットを用いないこと

・薬物への興味を煽る結果になるような報道を行わないこと

・「人間やめますか」のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いないこと

・薬物依存症であることが発覚したからと言って、その者の雇用を奪うような行為を

メディアが率先して行わないこと

・逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や堕落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと

・「がっかりした」「反省してほしい」といった街録・関係者談話などを使わないこと

・ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと

・「薬物使用疑惑」をスクープとして取り扱わないこと

・家族の支えで回復するかのような、美談に仕立て上げないこと

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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