相次ぐマンガ化。活字離れの「最後の砦」がピンチ?
昨年末に発売された、フランスの経済学者トマ・ピケティが著した「21世紀の資本」が、13万部を超えるヒットを記録しています。
マンガビジネス書ブーム
いっぽう現在、書店でのベストセラーランキングを覗いてみれば、こうした重厚な経済書ではなく、「まんがでわかる 7つの習慣」「まんがで身につく 孫子の兵法」「ザ・ゴール コミック版」「マンガでやさしくわかるアドラー心理学」など、マンガ形式のビジネス書・実用書ばかりが並びます。
古典的名著をわかりやすく
ここ数年で、相次いでマンガ化されているのはビジネス書の古典的な名作たち。
中でも、累計100万部を突破した「まんがでわかる7つの習慣」シリーズの原作となっている「7つの習慣」は、アメリカのビジネス思想家であるスティーブン・R・コヴィーの伝説的な教え。1989年に出版されて以来、40カ国語以上に翻訳され、販売部数は全世界で3000万部を超えています。
マンガ版は、バーテンダーを目指し修行を始めた23歳の女性が主人公。「7つの習慣」によって生き方や考え方に少しずつ変化が現れるというストーリーです。
かわいらしい絵柄と女性にも共感しやすい設定で、「ビジネス書はおじさんが読む堅苦しいもの」と敬遠していた層にヒットしたわけです。
「マンガでわかりやすく」は昔から
そもそも「難しい内容をマンガで解説する」という演出は、出版業界ではよく行われてきた手法。
私自身、 子どものころは「○○のひみつ」シリーズなどのマンガ本でいろんなことを学んだものです。源頼朝や織田信長など歴史上の人物にいたっては、小さいころに読んだマンガのイメージが強く、教科書に載っている写真に違和感を感じた人も多いのではないでしょうか?
最近では、法律や精神療法といったジャンルをわかりやすく説明するマンガも。その流れが、ビジネス書のジャンルにまで及んだというわけです。
「もしドラ」がマンガ化の流れを作った
ちなみに、この流れの原点ともいうべきは、2010年のベストセラー「もしも野球部のマネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら」、言わずと知れた「もしドラ」です。
ドラッカーもまた「経営学の巨人」と呼ばれた経済学者で、その著作「マネジメント」はビジネス書としては、大御所中の大御所。それを分かりやすく伝える演出として、「女子高生が主人公の物語(フィクション)」という形を取った本作は、200万部を超えるヒットとなりました。
この作品自体はマンガではありませんが、当時、 制服姿の女の子が描かれた一見ビジネス書には見えない表紙は大変な話題に。後にマンガ化、アニメ化、映画化されました。
ヒットの法則3箇条
それから遅れること数年。出版不況の中で出版界の課題は「ふだん本に触れない人にも手に取ってもらうこと」に絞られています。そんな中、出てきたのが「マンガビジネス書」
- 「知る人ぞ知る名作」ではなく、誰でも知っている(ようで知らない。だから、知っておきたい)古典的な名作を扱う。
- 情報を一方的に伝える実用書の形式ではなく、感情移入しやすいよう物語(フィクション)にする。
- かといって、マンガ化すればなんでもいいというわけではなく、若い女性が主人公であることはマスト。その絵柄を表紙にも打ち出す。
この「名作」「フィクション」「女の子」の3つがヒットの方程式。各出版社がいっせいに参入し、かつてない活況を呈していて、amazonにはすでに「ビジネスコミックス」というカテゴリーができています。
「活字離れ」の最後の砦が、崩壊の危機?
そもそもビジネス書といえば、多少小難しい内容が書いてあっても、それをがんばって読み込む(あるいは買って積んでおくだけで賢くなったような気になれる、あるいは本棚に飾っておき一目置かれようとする)ことで仕事に役立てようという、ビジネスマンたちの強い知識欲(虚栄心)に裏づけられたジャンルでした。
数少ない「若いお客さんが本を買う」市場だったわけで、そこにもマンガ化の波が押し寄せているとなれば「活字好き」「本好き」の最後の砦が崩れているような印象も受けます。
「こんなことでは、ますます人が本を読まなくなる」「知識というのは、難しい本をがんばって読んでこそ身につくものだ」「マンガが広まると、活字の本が売れなくなる」と苦々しそうに嘆く出版関係者も少なくありません。
求められるユーザー視点
いっぽうで消費者の視点に立てば、分厚いビジネス書を買ってもなかなか読破できなかった人からすると、マンガで分かりやすくなるのはうれしいこと。
さらには「本なんて読まない」「ビジネス書なんてもってのほか」という層に本がヒットすれば、本の価値が見直される、と期待する出版人もいます。
ともあれ、ユーザーが求めているものを敏感に察知し、そこへ向けて商品を作り、届ける、というのはメーカーとしては当然のこと。
「マンガでもなんでも構わないから、手っ取り早く知識を身につけたい」というニーズにこたえた、スマッシュヒットといえます(もちろん、トレンドは刻々と変化するわけですが)。
700ページ超の「21世紀の資本」がヒットする理由
いっぽうで、冒頭で紹介した「非マンガ」のベストセラー、トマ・ピケティの「21世紀の資本」は、こうした「わかりやすさ」の流れに逆行する経済書。
その定価、実に5940円(税込)。その分量、実に728ページ。いかめしいタイトルや重厚な内容とあいまって、古きよき、知識を求めるビジネス書ファンの心をとらえています。
すでに「古典」「名作」の趣をたたえていて、かのカール・マルクスの「資本論」になぞらえて「21世紀の資本論」などとも呼ばれています。
となれば「まんがでわかる『21世紀の資本』」という本が出るのも、時間の問題かもしれません。
本とは? 知識とは? 情報とは?
ネット全盛の時代において、「時代遅れの紙媒体」などと揶揄されがちな書籍・本。そこに現代の人は何を求めるのでしょうか?
他では得られない高度な知識? 「本を読んでると知的」というイメージ? あるいは、すでに本なんてどうだっていい?
いま、ネットを通じてこの記事を読んでいるあなたは、どう考えますか?
■参考記事
「自分でやっちゃう」主義は、出世が遅い。【仕事の”芸風”の切り替え方】