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「死ぬまで美味しいものを食べたいし、食べさせたい」人生を“食”に捧げる料理研究家・相藤春陽さん

今村ゆきこフリー・ライター&エディター
『HARU lab.』相藤春陽さん(著者撮影)

喫茶店の娘として生まれ育ち、仕事でも食に囲まれ、熊本の魅力を伝えるため東奔西走する「食いしん坊ライター」今村ゆきこ。美食家とまではいかないが、美味しいものにたくさん出会ってきた私が、「胃袋を掴まれた!」人がいる。それが、今回インタビューさせていただいた、料理研究家の相藤春陽(あいとうはるひ)さんだ。

母の味のような優しさで、心からほっとさせ、新しい発見で驚かせてくれる春陽さんが主宰する料理教室。ここでは、それらを存分に味わえるだけでなく、その技を習得できるとあって、多くのファンで賑わっている。生み出す料理だけでなく、人柄もまた多くのファンを惹きつける春陽さんとは、どんな方なのか? みなさんにご紹介しよう。

キッカケは母親からの無茶振り。それが生きがいになった

学生時代の教材「調理と理論」は、今でも春陽さんの基本(筆者撮影)
学生時代の教材「調理と理論」は、今でも春陽さんの基本(筆者撮影)

不在が多い母親に代わり、中学生の頃から家族の食事を作っていたという春陽さん。もちろん、料理の知識は皆無。学校で習うカレーや味噌汁などのレシピでは、とうていネタが足りない。そんな春陽さんを助けたのが、料理好きな母親が集めた料理本の数々。それらを忠実に再現し、毎日の食事作りを頑張った。もちろん、冷蔵庫にあるもので、という作り方ではないため、「材料費がかかりすぎ」と言われることも。さらに、経験がなかったことから、盛り付けも忠実に再現しなければならない。お客用の皿を引っ張りだして盛り付けることもあったと言う。苦労しながらも料理本に登場するような味と見た目を再現した夕食は、もちろん、家族からも評判良く、それを楽しいと感じる子ども時代の経験は、将来、料理研究家として活躍する彼女の基礎となっていったのだ。

当然、その頃から「料理を作る」職業を目指していたのかと思いきや、保育士になりたいと考え進路を決めていたという。ただ、母親に言われた、「あなたは料理が好きだから、栄養士が向いているのでは?」という言葉に進路変更。管理栄養士になるため、大学へ進学する。「母のひと言がなければ、今はなかったでしょうね」。春陽さんにとって、母親の存在は大きいようだ。

食べられない人たちに出会い、苦悩した日々

大学を卒業し、病院や福祉施設で経験を積む中、食べられることの重要さに気付いた春陽さん。当時、「嚥下食(えんげしょく)」はなく、考えもなかったため、飲み込む力のない人には、全ての料理をミキサーにかけた「ミキサー食」が提供された。「食材の存在も分からないミキサー食は、食べる楽しさを感じにくいんです。噛めない・飲み込めないという食べる機能が低下すると、食べる楽しさも激減してしまう。それが見ていて辛かった…」。

食べられなくなった患者さんの衰弱ぶりも目の当たりにした…。その一方で、こんな奇跡も目にした。ミキサー食だった患者さんが「うなぎを食べたい」と訴えたため、細かく刻んで食べさせると、少しずつだが食べることができたのだ。しかも、翌日から、「刻み食」に戻ったという。「これは、飲み込む力が戻った証。食べるもので体ができているとは聞くし、知ってはいたけれど、それを実感した体験でした。それから、出来るだけ口から食べられるようにあれこれと工夫しました」。

そんな経験を積む中、体調を崩してから見直すのではなく、日頃の食生活から見直す必要があると気づいた春陽さんは、「家庭にちょっとした栄養士さんを作りたい」と考え独立。現在の料理教室が誕生したのだ。

HARU lab.から生まれる「ちょっとした栄養士」たち

料理教室中の春陽さん。豆知識をちりばめながら、楽しく工程を解説する(著者撮影)
料理教室中の春陽さん。豆知識をちりばめながら、楽しく工程を解説する(著者撮影)

料理研究家として活躍する春陽さん。主宰する料理教室は、今年10年目を迎える。「塩分控えめで、旨みを感じ、野菜をたっぷり使った料理」。これが、ここで学ぶことが出来る料理のベース。野菜の使い方、だしをとると旨みが増すこと。ちょっとした豆知識をちりばめつつも、調理工程は実に少ない。「切って、混ぜて、お湯に入れて1時間ほったらかし」。そんな具合で、驚くほどの絶品料理が完成する。

「うちの料理教室に通う人は、どちらかと言うと、料理があまり得意ではない人が多いんです。調理工程が多いと嫌になるし、また作ろう!って思えないでしょう? 生徒さんたちが家庭で料理を作って、家族に美味しい!ありがとう!って言ってもらえることを目指しています」。

少人数で行う料理教室は、いつも笑顔がいっぱい(著者撮影)
少人数で行う料理教室は、いつも笑顔がいっぱい(著者撮影)

世の中に無数にレシピが溢れる中、春陽さんはどうやってオリジナルレシピを生み出しているのか? 「料理は化学。学生時代の教材をベースに、材料を置き換えるんです。身近な調味料や食材に置き換えたり。足し算して旨みを増したり。でも、手間は引き算です」。例えば、バーニャカウダソースは、アンチョビの代わりに酒粕を使うことで、コレステロールを流す作用が期待できるマジカルソースに! 野菜もたくさん食べられて一石二鳥。こんな風に、「なるほど!」が詰まったレシピを教えてくれる。栄養面の知識をインプットし、気づけば「ちょっとした栄養士」になっているというわけだ。

この日作った料理は3品。ランチ感覚で食べるだけの参加者も(笑)(著者撮影)
この日作った料理は3品。ランチ感覚で食べるだけの参加者も(笑)(著者撮影)

「春陽さんに託せば、野菜たちが喜ぶ」。生産者から届く食材たち

春陽さんが訪問した、レンコン農家の作本さん(相藤春陽さん撮影)
春陽さんが訪問した、レンコン農家の作本さん(相藤春陽さん撮影)

生産者とのつながりの多い春陽さん。傷のある野菜や果物などを持って生産者が春陽さんを訪ねることは、日常の光景だ。「嫁ぎ先が兼業農家なので、ぶどう作りの経験があったり、家の周囲が農家さんばかりなので、日々、作物が育つ様子を眺めながら生活をしています。そんな環境から、自然と生産者とのつながりが増えましたね」。

「商品にならない破棄野菜をいただくことが多いんですが、どれも美味しく、商品にしないのがもったいないレベル。でも、出荷ができないから、捨てるのは可哀想だって持ってきてくださるんです。感謝しながら、美味しくいただいています」。春陽さんに託せば美味しく食べてもらえる。それが、作物たちにとっても幸せというわけだ。

生産者とのつながりは、今では県内全域へと広がり、熊本県が行うPR事業のフードアドバイザーを行うなど活動の幅も広がっていった。「熊本は良い食材が多い地域。食材の良さにあぐらをかかず、その魅力を引き出し、熊本の食のレベルを上げたいと考えています。こうやって話すと、私の人生って“食”ばかり(笑)。死ぬまで美味しいものを食べたいし、食べさせたいと思っているので、この先も、小さな料理教室をずっと続けていきたいですね」。

熊本の魅力を伝えるために欠かせないのは、こうした「つなぎ手」の人たち。これからも春陽さんがつなぐヒト・モノ・コトは、熊本ファンを増やすキッカケになるだろう。

HARU lab.

熊本県熊本市中央区坪井2-2-41ニュー広町ビル608

TEL090-8761-3395

相藤春陽さんのinstagram

公式HP

※料理教室は完全予約制

フリー・ライター&エディター

1979年熊本県生まれ。地元タウン誌に約15年勤め独立。フリーのライター&エディターとして、「熊本のファンを増やす」ことを目標に、熊本の魅力的なヒト・モノ・コトを各メディアで発信。熊本第一号の温泉ソムリエとして、温泉の魅力発信も行う。趣味は温泉・キャンプ・DIYなど。スポーツと農業で地域をデザインする会社「スポ農Lab」役員も務める。温泉ソムリエアンバサダー。

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