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名門だからこそ難しい”監督交代”を乗り越えた桐光学園

小澤一郎サッカージャーナリスト
就任1年目で選手権出場を果たした桐光学園の鈴木勝大監督

「うるさい人もいるので、そういう人たちに対してきちんと、自分が堂々と発言できるような成果と結果を出していかなければいない、というのは改めて思いました」

9日にニッパツ三ツ沢球技場で行われた第92回全国高校サッカー選手権大会の神奈川県大会で座間を1-0で下し、優勝を飾った桐光学園の鈴木勝大(すずき・かつひろ)監督は強豪校を率いることの難しさと“ある重圧”をはねのけた安堵感を交えてこう述べた。

■カリスマ監督”退任の衝撃と弱体化の危惧

元日本代表のMF中村俊輔(横浜F・マリノス)、MF藤本淳吾(名古屋グランパス)の出身校としても知られる桐光学園だが、昨年度限りで同校サッカー部を全国レベルの強豪チームに押し上げた佐熊裕和監督が退任。新チームを任されたのが1年前に指導者として母校に戻ってきた鈴木コーチだった。しかし、佐熊前監督の退任劇は新年度が始まる直前での出来事だっただけにチーム内外に大きな衝撃が走ると同時に、数々のプロ選手を育成した名将であり“カリスマ監督”が抜けた穴の大きさを不安視する声が挙がった。

シーズンが始まり、今年度から参戦するユース年代最高峰のU-18プレミアリーグEASTではここまで14試合を戦い1勝13敗3分と最下位に低迷。夏のインターハイ(高校総体)県予選では、ベスト8で姿を消すなど監督交代による弱体化も叫ばれた。しかし、鈴木監督は「夏(=インターハイ)落とした中でこの冬(=選手権)につなげていくために僕自身、確固たる決意の下やってきた」と選手権での巻き返しを誓っていた。その強い気持ちに選手も呼応し、「プレミアでズタボロにされたことにめげず、選手たちがタフにやり続けたということがこの成果と結果につながった」というほどのチームに成長。

座間との決勝戦も切り替えの速さと自陣ゴール前での体を張った守備で失点ゼロ。プレミアリーグ出場校としてベスト8からの登場だったが県予選3試合はいずれも無失点で高い守備力を見せた。「代表クラスのスーパーな選手はいませんが、全員が攻守共にハードワークできるはうちの良さの一つ。日本で一番切り替えの速いチームを目指してやっています」と鈴木監督が述べるように、去年のチームほどのスケール感はないがここ数年の桐光学園の持ち味であるハードワークを着実に遂行する選手個々の能力は総じて高い。

桐光学園にとって全国の舞台は目標というよりもスタートラインだが、監督就任1年目の新米監督にとっては「(コーチ時代とは)考えることが違う」立場でプレッシャーを含めて背負うものの多い戦いだったと想像する。それが3年連続8回目の出場を決めた桐光学園のような名門、強豪校となれば尚更で、今年に限っては監督交代があったことで周囲には雑音が渦巻いていた。

■監督交代をきっかけに姿を消す名門校との違い

近年の高校サッカー界では監督交代をきっかけとして全国の舞台から姿を消してしまうような名門校も少なくない。そうした学校は往々にして長年一人の“先生”の情熱や指導力に支えられその地域で圧倒的な地位と育成ピラミッドを築いているが、逆に影響力が強すぎる余り監督交代後も「総監督」などの立場でチームに残る、あるいはチームから離れたとしても「アドバイザー」的ポジションで現場を任せたはずの指導者に過度な影響力を与えてしまい、結果的に新監督の色やサッカーを出しきれないケースが少なくない。

桐光学園の場合、S級ライセンスを取得した佐熊前監督が中国からプロコーチとしてのオファーを受けて日本を離れたことで、監督交代においてかなり明確なバトンタッチが行われている。去年も佐熊前監督がS級ライセンス受講のため学校、チームを離れる時間が多く、その間コーチを務めていた鈴木監督が「代理監督」的にチームを率いていたというが、「人のことを踏襲してやることの方が難しかった」と明かす。

「今年に関しては自分の色でやれるので、楽しくやらせてもらっています」と鈴木監督が述べるように、恩師でもある佐熊前監督の指導法を踏襲しながらも、徐々に監督としての自らの色を出すことができる環境にあることが桐光学園としても、新監督としても難しい監督交代を乗り越えることができた一つの要因かもしれない。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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