シリア難民の子供たちをヨルダンで支える日本人を知って欲しい 「国境なき子どもたち」松永晴子さん

NGO「国境なき子どもたち」の松永晴子さん一時帰国取材 写真:国境なき子どもたち

国境なき子どもたち(KnK)でヨルダンに駐在しシリア難民支援を続ける松永晴子さん。一時帰国に伴い、毎年「シリア難民キャンプでいま必要な支援」を聞いています。昨年、私が共同代表をつとめるメディア「GARDEN Journalism」で取材をしたインタビュー動画も掲載しておきます

■シリア危機から8度目の春 問われる子どもたちの未来

内戦から8年目を迎えたいまは?をゲストに迎えて2017年6月に開催した「伝える人になろう講座」(恵比寿新聞/NPO法人8bitNews主催)をきっかけに、オレンジパフェさんのマリオネットが日本から5400キロ離れた松永さんの活動現場に渡り、シリア難民の子どもたちの心を癒しています。

松永さんとオレンジさんのマリオネット 写真:国境なき子どもたち(KnK)
松永さんとオレンジさんのマリオネット 写真:国境なき子どもたち(KnK)

マリオネット作家のオレンジパフェさんは、東日本大震災や熊本地震の被災地で子どもたちの施設に自ら作った人形を寄贈し続けるという活動を約2年間続けていらっしゃいます。この2年間で寄贈したマリオネットは、なんと計70体以上に(オレンジパフェさんの活動はこちらのGARDENの記事からご覧ください

一時帰国した松永さんが、マリオネットと対面したときにシリア難民の子どもたちの様子をこう報告してくれました。

「子どもたちはお人形を『ハビーブ』と名付けました。本当にオレンジパフェさんのマリオネットパワーはすごい。お人形が登場した瞬間から子どもたちの顔がぱーっとほころんで。私たちが言葉を尽くしても、なかなかその笑顔は見ることができません。先生がハビーブを使って子どもたち一人ひとりのお話を聞くと、いつもはそんなに話さない子がはにかみながら嬉しそうにお話をしてくれました」

ザアタリ難民キャンプで活躍するマリオネット 写真:国境なき子どもたち(KnK)
ザアタリ難民キャンプで活躍するマリオネット 写真:国境なき子どもたち(KnK)

しかし、シリア危機から8年目を迎え、避難先での生活も長引く中、変わらずそこにある課題、そして新たに見えてきた課題もあったと、松永さんは言います。

今回は、再び松永さんをお迎えして2018年4月13日に開催した「伝える人になろう講座」の様子をお届けします。一時避難先のヨルダン・ザアタリ難民キャンプでの生活が長期化した中での子どもたちへの影響についてKnKの松永晴子さんから、報告いただきました。

■インフラ整備が進んだザアタリ難民キャンプでの日々の営みとは

堀)

ヨーロッパを目指す動きとは別に、シリアの隣国ヨルダン側のザアタリ難民キャンプでは今どんな日常があるのか、そのような支援が必要なのか、KnKの松永晴子さんにお話を伺っていきましょう。

松永)

よろしくお願いします。まず、UNHCRによると現在ヨルダンに住むシリア難民は約66万人です。しかし、難民登録をしておらず、この人数に含まれていない方も実際にはいます。

堀)

全員が難民になるわけではないんですよね。資産を持っていて、自力で逃げて生活できる人もいらっしゃいますよね。

松永)

そうですね。しかし、内戦前にお金があった方たちも、当時は難民登録しなかったけど、長らく続く今の状況でどんどん資産を使い続けてしまったり、送金をしてもらっていたけど送金が届かなくなってしまったり、という方も出てきています。

堀)

内戦が勃発すると、通貨が暴落するということもありますよね。

松永)

シリアは実際に大暴落している上に、ヨルダンはもともと物価が高い国です。ヨルダンとシリアの国境が開いていた時は、ヨルダン人が物価の低いシリアに買い物に行っていたというくらい、物価に差があります。ザアタリ難民キャンプには現在約8万人が暮らしています。全体で66万人の難民がいると言ったのですが、ヨルダンにもう一つあるアズラック難民キャンプと合わせても14~5万ほどにしかなりません。実は、その他の人たちはキャンプ外に住んでいます。キャンプに外に住んでいる人の暮らしというのも、キャンプとはまた違った大変さがあります。

堀)

どういうことで、キャンプに入る人と入らない人に分かれるのですか?

松永)

ザアタリ難民キャンプは2012年7月にオープンして、6年が経過しています。2013/14年には倍近くの人がいました。最大約14万人までいたのですが、多くの方がキャンプ外に出て行ったんですよね。シリアから逃れてきて自動的にキャンプに連れて来られたけれど、「やっぱりこの暮らしは嫌だ」と出て行った人もいます。一方で、その後もずっと住み続け、比較的インフラが整ってきた今「あえてここを出る必要はないのかな」という状況になっている人も。

堀)

ザアタリ難民キャンプはどのくらいの大きさですか?

松永)

キャンプの地図をご覧ください。赤いラインが大きな道で、黄色いラインが小さな道。外周が約20キロです。私たちが事業をしているのは、門から遠く離れた端っこ(写真右下)です。門があるところ(写真左上)は人も物も集まってくる場所。門から遠い私たちのエリアは、もともと人気がありませんでした。

画像

タカハシ)

物を取りに行くとなっても20キロは大変ですね。その間に仲介する人が出るなど、キャンプ内で経済が生まれそうですね。

松永)

はい。無料のバスや、乗り合いタクシーもあって、私もよく使います。タクシーは大体160円ほどで、キャンプの中だったらどこでも連れて行ってくれます。

タカハシ)

誰が運営しているんですか?

松永)

これはヨルダン政府です。ヨルダンに暮らす地元の人たちをドライバーとして雇っています。「難民キャンプに住むシリア人にばかりに仕事があるのはおもしろくないぞ」という地元の人たちに仕事を与えているのです。シリア人の人たちは、ライセンスの問題で、基本的に車の運転ができない人が多いということもあります。

タカハシ)

キャンプが12画で分かれていますが、地域性はありますか?関西人なら関西人だけで集まる、というような。

松永)

あります。門の周辺にはシリア南部のダラから来た人たちが比較的集中し、キャンプの一大勢力を築いています。その他の点々としたところから来ている人たちは、今私たちが事業をしている8番の区画周辺(写真右下)に住んでいます。結局中心地には住めなかった、もしくは住みずらさを感じた「その他」と呼ばれている方々です。「親族やご近所さんも同じ場所にいたら安心だよね」というのはきっとあると思います。

2013年のザアタリ難民キャンプ 写真:国境なき子どもたち(KnK)
2013年のザアタリ難民キャンプ 写真:国境なき子どもたち(KnK)

堀)

先ほど、インフラが整備されてきたということでした。ザアタリ難民キャンプは、最初は衛生環境が劣悪だったんですよね。改善はありましたか?

松永)

そうですね。共同トイレに共同水場。トイレもお風呂も自分のところにはないという状況でした。かなりのストレスですよね。しかし今、下水道の工事がどんどん進められています。他にも、もともと3校しかなかった学校が13校までになりました。ヨルダン政府が運営しており、ヨルダン人の先生とシリア人の先生が基本的に50%ずつの割合です。また、医療機関も保健センターやクリニックもできました。相変わらず昼間は電気がないのですが、皆さん少しずつお金も貯めて、自分の家にジェネレーターを買って発電している方も出てきました。また最近、電力が自力で賄えるようにと、ドイツのJICAがキャンプ外に太陽光パネルの整備を進めています。いよいよ自活に向けて整備が進められている段階です。テントがずらりと並び砂埃がひどかった2013年のキャンプの状況と比べると、最近はプレハブが立ち並び、自分の家の前にコンクリ轢いて綺麗にしたり、お庭を作ってみたりと、生活感がある建物が多くなっています。ちなみに、キャンプ内では自転車での移動が多いのですが、その自転車は日本からの放置自転車が大量に寄付されたものです。

2018年現在のザアタリ難民キャンプ 写真:国境なき子どもたち(KnK)
2018年現在のザアタリ難民キャンプ 写真:国境なき子どもたち(KnK)

タカハシ)

お金はどのように稼ぐんですか?

松永)

例えば、KnKが行なっている教育事業で先生をしてくださっているシリア人の方々には、私たちがお給金を出しています。

堀)

私たちのKnKへの寄付が、先生方のお給料を支え、そして子どもたちが学べるということに繋がっているんですね。

松永)

はい。昨年6月の「伝える人になろう講座」でご寄付をいただいて以降、先生の人数は3分の1に削らざるを得なかったのですが、何とか1年事業を継続することができました。ただ、全く雇用が世帯にない家庭もあり、キャンプ内でも格差が出てきています。基本的にキャンプにいる人たちへは、例えばフードクーポンのようなものは今も支給されています。

タカハシ)

ヨルダンは難民キャンプを認めているんですか?

松永)

政府がどこまでの意図を持っているのかは分かりませんが、大掛かりな工事をするということは、ある程度の期間難民の皆さんがいることを前提としてしかやらないでしょうから、それは認めているんだと思います。

■難民の子どもたちの未来を支える 新たに取り入れたキャリア教育

松永)

KnKのヨルダンでの事業は2013年頃から始まりました。キャンプ内の公立校1校で、音楽、演劇などの授業を提供しています。公立校の先生たちにアンケートで子どもに必要なニーズを訊き、可能な限り授業に取り入れることもしています。今期は生活指導を取り入れました。事業を始めた当時は、戦火から逃れて来てすぐだったので、すごくストレスやトラウマを抱えていました。子どもだけでなく、親御さんも抱えているので、家庭の環境も悪くなりました。しかもお金がなく、お父さんも仕事がなく家にいる状態で、「学校に来てもおもしろくないけど、家に帰っても大変」という家庭も。そういう状況の中で、それでも学校に行くモチベーションを作ってあげたいなというところから、私たちの事業は始まっています。

生活指導に用いたイラスト 写真:国境なき子どもたち(KnK)
生活指導に用いたイラスト 写真:国境なき子どもたち(KnK)

堀)

学校に行くのが楽しくなる、学校が居場所になれるような環境を整備するということですね。

松永)

はい。私たちの事業をいくつか紹介します。音楽の授業では、先生がメロディを弾いて子どもたちが音階を歌うということもしています。音楽を教えているのは、自身も難民であるシリア人の先生です。彼女は元々音楽のスキルは持っていたのですが、短大卒業程度でした。しかし、KnKで3年くらい働き、最近では授業に使えるようなトレーニングを自主的にやってくれています。また、演劇の授業では、子どもたちの近くにいる人たちをよく観察して真似をするという感じで進めています。レポーター体験をしたこともありました。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

堀)

授業を通して様々な職業を学ぶこともできそうですね。ちなみに昨年6月の「伝える人になろう講座」の際に、「難民の子どもたちの将来の夢の選択肢がとても狭い」という課題を共有していただき、アイデアを出し合ったんですよね。難民の子どもたちに「なりたい職業は何ですか」と聞くと、1位が先生、2位がお医者さん。一見立派だなと思われがちですが、実を言うと、子どもたちが日頃接している大人の職業が、先生か医者くらい。世の中にはいろんな職業があるという想像が、小さい頃から難民キャンプにいるとなくなってしまう。選択肢を広げるためにも、「いろんな職業があるんだよ」という話をしたらどうかというアイデアが出たんですよね。

松永)

そうですね。インフラは整備され、学校は増え、病院も増え、環境は良くなったけれど、結局6年経ってもやはり、子どもを取り巻く環境、もしくは子どもにその先待っているであろう環境は、現状としてそれほど変わっていないんですね。それはなぜかというと、親御さんの仕事の関係とか、キャンプの環境がそうさせるというところが大きいです。1年生だった子が7年生まで学校に来ることはできているけれど、その先に勉強して大学に行けるのかというと、結構な子がそうではない。8、9年生くらいになると、本当は結婚全然したくないんだけど親がしろと言うからと早婚した子ども、「うちはやっぱりお金がないから外に働きに行く」と言う子どもが、今でもたくさんいます。親御さんの仕事が見つからなかったり、親御さんが戦争で障害を抱えて働けなかったりと、泣く泣く子どもに勉強を諦めて働いてもらうということもあります。キャンプの中にいても、学校に行き続ければ勉学を使った次のチャンスに繋げることができるはず。勉強は、特に難民の人たちにとってすごく大事な武器に本来なるはずだと考えています。

堀)

行きていくため、自分の未来をもう一度作っていくための1番の技術ですよね。

松永)

今学校に行っている子どもたちに、勉強を続けるモチベーションを高めてあげようと、2017年9月からキャリア教育を実際に始めてみました。例えば、5年生の子どもたちには、自分の知っている職業を描いてみようと。警察官や絵描きさんを描いている子がいました。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

また、6年生ではもう少し具体的に、なりたい職業を描いてみようと。薬剤師さんと看護士さんになりたいと描いている子がいました。やっぱりそれでも、教員、医者、看護師が相変わらずトップ3。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

9年生(日本の中学3年生)では、自分のなりたい職業になっている人にインタビューをしてみようという内容で行いました。学校の先生になりたいという子は、「どうしてなれたんですか?」「何をしたらなれますか?」と先生に聞いてくるという宿題でした。「シリアにいた時にお父さんお母さん、ご近所の人がやっていた仕事をインタビューするのでもいいですよ」という話でプリントを配ったのですが、実は回収率が良くありませんでした。よくよく話を聞いてみると、「お父さんが、『もうその仕事できないし』って言っていた」と。

堀)

聞くのも酷ですよね。

松永)

子どもが空気を読んで聞かなかったのかもしれません。「お母さんが昔やっていた仕事の話を聞こうと思ったけど、あんまり進んで話をしたがらなかった」という子もいて、なるほどなと思いました。実際に私たちがキャリア教育の中で子どもたちの様子を見ていたら、夢はあるけど、具体的に何をしたらいいのかわからないという子どもたちもたくさんいました。実は、まだ身近なモデルロールが見つかっていません。自分たちで探すということはやってもらったのですが、例えば、キャンプの中から大学受験をして大学に通えている人の話を聞かせられる機会があればいいなと。

堀)

実際どうなのですか?キャンプから大学に行くケースもあるのですか?

松永)

一応あります。でも、大学試験に行くまでに生き残れない人が多くて、だいたいみんなドロップアウトしてしまいます。でも全くいないわけではなく、一定数はいます。

タカハシ)

もちろん奨学金制度みたいなものもあるんですよね?

松永)

はい、ありますね。特にシリア人に向けた奨学金制度というものが、外国からのファンドで出ています。

■先生の暴力に支援の打ち切り 子どもたちの心に大きなダメージ

松永)

学校の様子を見ていると、どんどん問題が出てきているのが分かってきました。

堀)

どんな問題ですか?

松永)

学校の先生からの暴力です。これは本当に困った話で、ヨルダンの集まりでこの話をすると、私たちの事業はすぐに停止させられます。彼らは「暴力はない」と言っているので。でも、私たちは実際にこの目で見ているという状況です。これは、人材が不足しているというのもありますし、研修が十分でないということもあります。

堀)

学校の先生としての教育を受けていない人も、臨時で学校の先生になっているんですよね。

松永)

はい。これは水道とガスのホースなのですが、小学1年生の子がこれを振り回して学校にやってくるんです。「なんで使うの、危ないじゃない。お友達にも当たるよ」と、そのホースを取り上げるのですが、ものすごく泣くんです。「どうしたの」と聞くと、「これは先生にあげるんだ」と言うんです。どういうことかというと、先生が授業中にこのホースとかで机を叩いて子どもたちをを静かにさせているんです。先生が「ホース、誰かくれよ」と言うと、「はい、先生!」と持ってきたホースを渡しに行くんです。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

堀)

先生の気を取り繕おうと思って、渡しているということですか?

松永)

そうなんです。私もかなりショックで本当に困ったなと思っているんですが、ヨルダン政府は「こんなことやっていない」と。外部の団体が介入しても、問題をもみ消されるか私たちが潰されるかのどちらか。私たちができることは、子どもたちが持って来たものを片っ端から回収すること。1週間で20本くらいのホースが取れることもあります。遠くてお客さんも来ず、外部の目が届きにくいんですね。

堀)

他に問題はありますか?

松永)

はい。特別支援が必要な子どもたちも結構たくさんいて、サポートがないと授業についていけないことも。しかし、特別支援の施設を持っていた大きな団体さんがユニセフ経由の資金をカットされ、運営していたセンターが閉鎖されてしまいました。

堀)

資金を切り上げるという判断が、直接子どもたちに影響を及ぼしているんですね。

松永)

はい。こういうところに如実に出ています。20箇所以上あったキャンプ内のセンターが一気に閉まって、再開の目処も立っていません。内戦がここまで長期化し、「ずっと資金を調達し続けるのも無理だよ」という団体さんがどんどん出てきてしまっています。

堀)

このような環境の中で、子どもたちに何か変化はありましたか?

松永)

はい。アハマド・アイッサくんは、いつも教室の外で疾走しています。「シリアでは学校が大好きだった」とお父さんが言っていました。でも、学校に来ても授業に出たがらない。最近インタビューをしたら、「すごい勢いで先生に暴力を振るわれたり、自分のせいじゃないのに自分のせいにされたりすることがたくさんあって、そういう先生の授業には出たくないから外に出ているんだよ」と。兄弟も多いから、なかなか親御さんも「『学校に行け』としか言えず、学校でどうしているかは把握しきれない」と話していました。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

ハサンくんは14歳で、本来ならば8年生に入るのですが、まだ5年生。楽観的で、「学校大好き」と言ってくれるのですが、やはり彼もダブっているのもあり、何かあったら絶対に彼のせいにされてしまう。「学校の授業は好きだけど、先生は好きじゃない」と言っていました。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

ムハンマドくんは、耳は聞こえるのですが、発音が苦手。学校の授業の中でもアラビア語の授業はお手上げ。授業の時間につまらなくて、ついKnKの職員室などに来てしまいます。KnKの事業は5年生からなので、2年生の彼は関係ないのですが、誰も助けてくれる人がいないので、KnKの先生の手が空いた時に指導しています。「学校の間は教室に行きなさい」と戻すのですが、公立学校の先生も「僕たちが言っていることに対してあんまりリアクションがないから、もう外にいてもいいんだよ」と言ってしまうんです。誰も彼にきちんとした指導ができないという状況です。支援の断ち切りもあり、フォローする側がきちんとしたスタッフを送れていないという結果、こういうことが起きています。

 写真:国境なき子どもたち(KnK)
写真:国境なき子どもたち(KnK)

子どもたちが相談をしたいときに、「親でも親族ではないけど信頼できる大人の相手」になれているというのが、KnKの先生の存在の意義でもあります。そういう存在を子どもたちから奪ってしまったら、子どもたちの逃げ場がなくなってしまうんだろうなと最近感じています。

堀)

実際に淡々と子どもたちの日常の支えていくという支援を行なっている団体が、こうしてあるんですよね。それを知ることが、まずは大切なんじゃないかなと感じます。

松永)

地味なのですが、継続をしていくということに今後も注力を注いでいきます。