Yahoo!ニュース

J1で2割のチームが降格する2021シーズン、経営トップが負うべき責任と役割とは

左伴繁雄(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役
(写真:築田純/アフロスポーツ)

■降格なき2020シーズンのつけを払う2021シーズンが始まる

 昨年のJリーグは、全てのカテゴリーにおいて降格制度を適用しなかった。Bリーグでも、このコロナ禍における特段の配慮として降格制度を適用していない。筆者はJリーグのクラブ経営に責任者として18年携わり、優勝も降格も経験している立場の人間だが、特に降格がもたらすクラブや支援者へのダメージを思えば、今回の処置は理解できなくもなかった。

 一方で、降格のないレギュレーションゆえ、シーズンの終盤になっても、サポーターは緊張感や藁をもすがるような気持ちを持って、試合を見つめることはなかったのではないか。本来であれば降格圏となっていたチームの関係者や選手も、夜も眠れないような重圧を感じながらの重苦しい雰囲気の中で、試合を迎えることはなかっただろう。

 そういう緊張感の無い状況で行われるプロスポーツは、プレーする側・応援する側の双方にとって、はたして真の「喜怒哀楽」で自らの人生を豊かなものにしてくれるものだと言えるのかどうか。チーム降格の経営責任者としての経験がある私には、正直少し物足りなさが残ったシーズンのようにも感じられた次第である。

 そして、降格のなかった2020シーズンのしわ寄せは、2021シーズンにおいて「降格クラブ数増加」という形で現れる。それは、言いようのない重苦しい圧力の中で過ごす時間と、不幸にして降格した際に悲しみに包まれる地域が増えるということを意味する。しかもJ1の場合で言えば、全体の2割にあたる4クラブが問答無用で降格することになるのだから、ある意味とても残酷なことだと言えるだろう。

 すっかり前置きが長くなってしまったが、以上のような特殊な背景をもった本年の年始に、降格に備えてクラブが行うべき準備についてあらかじめ記しておくことは、クラブ関係者やクラブを支援いただいている方々、そしてスポーツビジネスに関心のある方々にとって、意味があることではないかと考える。

■「降格決定」のその日に向け、経営トップは逃げずに準備を進めなければならない

 降格の準備、それは重く息苦しい空気の中で進めることになる。私も清水エスパルスの代表取締役社長に就任した年に降格の憂き目を味わったが、降格決定間際の日々は文字通り針のむしろであった。それでも降格した場合に備えて行うべきことは、経営者には山ほどあるわけで、猛烈なスピードで、かつ冷静に淡々と準備を進めなければならない。降格を恐れ、下を向いているだけの時間などあろうはずがない。

 以下は、私個人の経験上のことなので、全てのクラブに当てはまるかどうかは定かではない。しかし、チームが降格しそうな時には、幾つかの共通した兆候が現れるはずだ。顕著なのは、負けが込んでいるせいか、試合でリードしていても終盤になるとスタジアムが少しざわついてくることだろう。おそらく逆転されることへの不安がそうさせているのだろう。また、失点直後に下を向いてしまう、周囲を鼓舞する選手やスタッフがいない、練習を含め声が出なくなる、他責発言、愚痴、陰口の類いが増える等々、おおよそ堅いチームとかけ離れた状況に陥る。結果、ひ弱なチームとサッカーを露呈することになってしまう。

 降格回避のためにチームの外からさまざまな手を打ちつつも、こうした状態から脱却できずにもがいている期間が長引くようであれば、経営のトップとしてある程度の覚悟が必要になる。もちろん、監督交替や補強による戦力増強、強化部や選手、コーチングスタッフの鼓舞、果ては祈祷までおこなうなど、あらゆる手段を用いながら、何とか降格回避の道を模索するのは当然のことだ。しかし、一度狂った歯車を元に戻すのはそう簡単なことではないということを、降格間際は嫌というほど思い知らされることも覚悟しなければならない。

 さらに降格回避のための対応と並行して、仮に降格した場合に「1年で戻る」ため、現実的な分析や方策検討をしなければならない。この期間中は、研ぎ澄まされた脳みそとは裏腹に、身体のほうが悲鳴を上げてしまうことが少なくない。私も降格決定1週間前には、胃痛で眠れず救急車のお世話になったものだ。

 しかし、それでも降格決定のその日は、否応なしに近づいてくる。そしてその日を迎え、スタジアム全体から刺すような眼差しを痛いほど感じ、フロントの責任を突き上げる横断幕は見たくなくても視界に入ってしまう。ひとたびそれを見てしまうと、その光景は脳裏に焼き付けられ、黒い点となって心の中に残り続ける。

 そうした中で迎える降格の当日を、経営トップは現場や社員に先んじて、真正面から受け止めなければならい。そしてそれを反骨心に転化できない者は、その立場から退くほか道はない。少なくとも私は、そう腹を括ってその日を迎えたつもりである。

(写真:日刊スポーツ)
(写真:日刊スポーツ)

■ 降格するチームに必要な、再昇格に向けての「5つの準備」

 では、具体的に経営トップは、降格に際してどのような準備をしなければならないのだろうか。私の場合は、降格決定の約3カ月前から、いよいよの時に備えた準備を始めたと記憶している。

 必要になるのは、「弱さの分析」「一年で復帰したクラブの共通項の分析」「降格後の財力確保」「メッセージアウトの意識」「当日の不測の事態への備え」の5つだろう。なお、細かな内容については各クラブによって事情が異なるため、ここではメスを入れるべき切り口について記すに留めることとする

1.弱さの分析

 大きくは以下の3項目の各々から、選手、コーチングスタッフ、監督、強化部の問題をあぶり出していく必要があるだろう。

・個々人の基本技術、フィジカル、闘争心といった「戦いの原点となる力」

・核となるリーダーの存在、チーム一丸となれる献身性、適宜適切な盛り上げといった「組織マネジメント力」

・選手とサッカーのマッチング特性、スターティングメンバーの固定度合、相手チームのスカウティング内容の落とし込み精度、控え選手との能力差、ゲーム中の適切なコーチングや選手交替といった「ゲームマネジメント力」

 そしてその分析結果を、来シーズンに向けて対策するに必要な強化部や現場の体制、財力といった原資を整えるアクションにつなげていかねばならない。特に監督交替や財力確保は、経営トップの権限として自身の骨を何本か折るつもりで取り組むのが筋だと、肝に銘じておくことが肝要だ。

2. 1年で復帰したクラブの共通項の分析

 降格してしまったチームは、経営トップとして1年で再昇格させることが最低限の責務である。だからこそ、過去にその目標を果たしたクラブが持っていた共通の傾向をあぶり出し、分析し、それをきちんと反映させていく必要がある。

 降格による収益減を親会社はどの程度補填してくれたか、強化費の規模は維持できていたか、主力は残せたか、新たな補強規模と質は結果的に有効だったか、現場にどの程度コスト削減のシワを寄せたか。

 1年で復帰したクラブのはっきりした共通点として私が挙げたいのは、降格減収分をなんらかの形で補い、強化費は落とさず、主力を残し、その一方でハングリー精神を醸成するため移動手段のコスト削減(グリーン→普通車/新幹線→バス等)を行っていた点だ。これらを最低限の要件とし、エスパルス の場合は更に、降格後のカテゴリーを熟知した監督を招聘し、社長の私も半ば祈祷師のように事あるごとに「1年で戻る」と言い続けることで、不安や雑念の払拭に努めたものだ。

3. 降格後の財力確保

 親会社がある程度の規模を有している場合は、降格による減収分の信憑性と強化費維持の妥当性を明確にした上で、トップは自身の進退をかけて親会社に補填をお願いするか、1年で再昇格することを確約した上で、やはり自身の進退と引き換えに法人、個人の支援者から増資を仰ぐ覚悟を持たねばならないだろう。

 降格に伴う減収幅は、正直ちょっとやそっとの営業収益アップやコスト削減で補える規模ではない。ここは、トップが身を切るべき最たる場面である。一方で財力という点において、降格が実際に決定するまでは次年度損益計算書(予算)は、「降格」&「not 降格」の2種類を策定していなければならない。ほとんどのクラブが1月末決算であることから逆算すると、降格が決まってから予算編成をしても間に合わないからだ。

 予算編成として管理部を中心にほとんどの部署が二度手間業務となるが、社員に頭を深く下げてでもお願いをしなければならない大事な仕事と解すべきだ。

(写真:日刊スポーツ)
(写真:日刊スポーツ)

4.メッセージアウトの意識

 特に配慮すべきは、迅速性・Face to Face ・双方向コミュニケーション、の3点だ。

 降格決定後にSNSを通じた速やかなメッセージ配信はもちろん、スタジアムでは通り一遍の挨拶だけではなく、トップが自らゴール裏に出向いての詳細の説明に加え、サポーターの言葉に耳を傾け、その表情を脳裏に焼き付けておかねばならない。そして、その場で降格後のカテゴリーでは泥沼のような厳しい戦いが待っていること、そうした中でも一年で戻るシナリオと覚悟を、お互いが共有しなければならない。

 スポンサー法人にも自ら出向いて行かなければならないし、街角でも声がかかればそれに応えなければならない。降格からしばらくの間、公私がなくなるのは当たり前と覚悟すべきだろう。

 また、深い謝罪という観点から、メディア取材では「申し訳なさ感」を醸し出す雰囲気作りも必要になる。間違っても、会見部屋を用意して賑々しくやってはいけない。あくまでも囲み取材、そして少し貧相な場所の方が、「チームを降格させてしまったトップ」という置かれた立場には相応しいからだ。

5.当日の不測の事態への備え

 降格決定当日のスタジアムで安全確保が必要になるのは、チーム関係者やフロント社員、スポンサー関係者だけではない。お客様同士のやり合いをはじめ、殺伐とした雰囲気から生じるさまざまなトラブルに対処するため、スタジアム警備の増員に加え、公安当局にも出動依頼をする。これは決して大袈裟な話をしているわけではない。

 なお私が経験した降格決定後のスタジアムでは、幸いなことに大きな騒乱はなかった。試合後にゴール裏に行ってお話をさせていただいた時も、サポーターからの刺すような眼差しは感じたが、水を打ったように静かに私の拙い話を聞いていただいた。今でも深く深く感謝してやまない。

■2021シーズン、問われるのは経営トップとしての「覚悟」

 降格は応援する側だけでなく、される側の現場、フロント社員、関わった全ての人たちにとって、とてもとても辛い出来事だ。涙も見た、怒りで震える口元も見た、肩を落とし呆然とする姿も見た。そしてその全てを、しっかりと瞼に焼き付けた。その辛さは、降格責任の所在を詳らかにしても、その対策をしゃにむにしても、決して晴らせるものではない。唯一、元居た場所に再び戻る「復帰」でしか、晴らすことはできないのだ。

 そして、その最短コースとなるのが「一年での復帰」である。

 その目標を達成するためには、ひたすら主力を慰留し、渾身の営業で減収を最低限に留め、周囲に下を向かせず、弱気の虫を吹き飛ばす明るさと執念を、トップは持たなければならない。胃が痛いだの、怒りにさらされるのは嫌だのふざけたことを言ってる奴には喝を入れるくらいの気概も、トップは持つべきだ。それが、際に立たされたトップの有り様というものだろう。

 命まで取られるわけではないのだから、と唇をグッと噛み締め、心の奥底で「オレにやらせろ」と呟きながら、肝の据わったところを見せてなんぼの稼業と腹を括れ。そして「社員、現場、支援者、市民全ての苦痛を自身の墓場まで背負ってく覚悟」「1年後、不幸にして結果が出なかった時に、潔く自身の進退を伺う覚悟」を見せ続けることが、大願成就のための最低限の条件だろう。その目標を達成するまで、トップは全責任を負い、孤独と戦いながら、先頭に立って進んでいくものである。

 さて、迎えた2021シーズン。J1から4クラブが確実に降格する。その渦中になるかもしれないあなた、あなたにはその覚悟ができていますか?

(筆者撮影)
(筆者撮影)

(本稿は、筆者が先日寄稿したnoteをリファインして出稿している。 )

https://note.com/hidari1026/n/n7b277cdabf7f

(株)スポーツBizマネジメント 代表取締役

慶應義塾大学卒業後、日産自動車を経て、Jリーグ横浜マリノス社長、湘南ベルマーレ専務、清水エスパルス社長、Bリーグベルテックス静岡エグゼクティブスーパーバイザー、二輪スポーツ法人エススポーツエグゼクティブアドバイザーと、スポーツビジネス経営歴は今年で20年。2021年よりJリーグカターレ富山に移籍。代表取締役社長就任予定。J1年間優勝2回/ステージ優勝3回/J2優勝1回/J1昇格4回/J2降格3回/ナビスコカップ優勝を経験。プロ経営者として、スポーツがもたらす喜怒哀楽を人生の豊かさに転化させる事が生業。数値化/可視化/相対化/標準化/デジタル化で、権限/責任を明確にした実践的経営コンサルを志向。

左伴繁雄の最近の記事