夫に無断で受精卵を移植して子供を出産した場合に親子関係はどうなるか??弁護士が解説

(写真:アフロ)

日本産婦人科学会の統計によれば、2014年に国内で行われた体外受精により出生した子は4万7322人にも上り、約21人に1人が体外受精で生まれている現代。

そして、体外受精等について、2004年からは公費助成(夫婦の所得が計730万円未満で43歳未満の女性を対象に最初の治療は最大30万円、その後1回につき最大15万円)が始まっていますし、2014年6月には日本産婦人科学会が事実婚夫婦の治療を正式容認したり、2016年10月には日本生命が業界で初めて体外受精の治療費(30~80万円程度はかかるが現状では公的医療保険の適用外)に対する医療保険の取り扱いを開始して話題になったりするなど、今後ますます体外受精等を利用した懐胎(妊娠)・出産が増加していくものと思われます。

そんな中、ある夫婦において、別居中の妻が夫に無断で受精卵を移植して出産したという事件が起きました。

<奈良の病院>夫に無断で受精卵移植 別居の妻出産

ニュースによれば、2004年に結婚した夫婦について、2011年に体外受精した受精卵の移植により長男を出産したものの、2013年秋から夫婦関係が悪化して別居、さらに2014年春以降に過去に凍結保存された残りの受精卵を移植して2015年4月に長女が出生したという経緯ですが、実は、受精卵の移植について二人の同意を確認したのは当初の2010年に一度あっただけで、それ以降、移植ごとの同意確認がされていなかったようです。なお、男性側が移植に同意していない子の存在を知ったのは妊娠後、出産前の時期のようです。

ご夫婦は2016年10月に離婚しているようですが、このような状況で、男性側が、長女と親子関係がないことの確認を求める提訴をし、2016年12月には第1回口頭弁論が開かれているようです。

このようなケースで、男性側と長女との間の親子関係はどうなるのでしょうか?

生殖補助医療により出生した子の親子関係についてどのような法整備がなされているか?

まず、生殖補助医療とは、人工授精、体外受精、顕微授精、代理懐胎等をいいますが、それぞれについて簡単に解説します(生殖補助医療関連親子法制部会等の公表資料中の解説を参照しています)。

  • 人工授精とは、妊娠を目的として精子を体外に取り出し、その精子を注入器を用いて人工的に女性の体内に注入する方法(「受」精させるところまで人工的に行うわけではなく、「授」精までを人工的に行う方法で、要は、卵子に精子をふりかけて受精を促す方法ですので、精子に一定数と一定運動量があることが前提となります)
  • 体外受精とは、妊娠を目的として、体外に取り出した卵子と精子を培養液の中で受精・分割させて、その胚(受精卵)を子宮内に移植する方法(人工授精と同様に受精自体は自然な受精を待ちます。)
  • 顕微授精とは、体外受精の関連技術の一つとして、卵子に顕微鏡下の操作によって精子を注入等をする方法(受精そのものも人工的にサポートするため受精率は高くなります。)
  • 代理懐胎とは、不妊夫婦の妻に代わって、妻以外の女性に懐胎・出産してもらう方法(いわゆる代理母のことで、他人の女性を生殖の手段として扱ってはならないこと、実際に自己の胎内に約10か月も存在して出産してくる子に対して通常の母性を抱くことは当然に想定されその場合に代理母を依頼した夫婦と代理母との間で深刻なトラブルが生じること等を理由に、認められるべきではないと考えられています)

このような生殖補助医療が年々増加しているものの、実は法整備は全く追いついていない状況で、従来の法律関係では律しきれない新たな問題が生じた場合にどのように対応すべきかについては、全く整理できていない状況です。

法務大臣の諮問機関である法制審議会に設置された生殖補助医療関連親子法制部会では、10年以上前に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」(以下「要綱中間試案」といいます)を公開したものの、それ以降、議論は深まっていないようです。

精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案

精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案の補足説明

なお、本稿では、上記要綱中間試案と同補足説明のほか、旧厚生省厚生科学審議会生殖補助医療部会による報告書も大いに参考にしています。

「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」について

いずれにしましても、現状では生殖補助医療により出生した子の親子関係について、新たな法律の整備がされていない以上、基本的には従来どおりの民法に従って考えていくしかありません。

そもそも民法ではどういう場合に親子関係が認められるか?

実は、民法上、どのような場合に親子関係が認められるかについて直接明記した規定はありませんが、判例や学説では、親子関係は血縁に基づいて生じると考えるべきとされてきました(民法上、親子関係の概念は、血縁に基づく実親子関係と、養子縁組に基づく養親子関係とに分けられていますが、本稿では、実親子関係のことを親子関係として扱います)。

しかし一方で、民法は、以下の条項の通り、法律上の親子関係と血縁上の親子関係が一致しない場合がありうることを前提としています。

〇妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する。また、婚姻の成立の日から200日を経過した後または婚姻の解消や取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する(民法第772条)。

⇒妻が婚姻中に懐胎した場合には夫の子と推定されますが、当然、実際には夫の子ではない可能性があり、この場合には法律上の親子関係と血縁上の親子関係は一致しません。

〇嫡出でない子はその父または母が認知することができる(民法第779条)

(*嫡出子(ちゃくしゅつし)とは、法律上の婚姻関係にある男女から生まれた子を意味し、逆に法律上の婚姻関係にない男女から生まれた子を非嫡出子といいます。

*認知とは、非嫡出子について、その父または母が血縁上の親子関係にあることを認めることをいいます。)

⇒基本的に認知をするかしないかは父または母の意思に委ねられており、法律上の親子関係と血縁上の親子関係がずれることがありえます。

ちなみに、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子の場合、夫の子であるという推定はされず、「推定を受けない嫡出子」となります。

なお、母は分娩の事実により親子関係が明確になるので、実際に母が認知をすることはなく、母が非嫡出子を認知できるという部分は死文化しています(昭和37年4月27日最高裁判決)。

〇夫が、自分の子と推定された子について、嫡出であることを否認することができる(民法第774条)

〇否認権は、子又は親権を行う母に対する「嫡出否認の訴え」によって行う(民法第775条)

⇒夫が、妻と婚姻中に妻が懐胎した子について、自分の子ではないと争うことができるという規定です。法律上の親子関係と血縁上の親子関係がずれることがあるからこそ、このような規定が設けられています。

ただ、親子関係を明確にするために、裁判において、嫡出否認の訴えを行う必要があると定められています。

〇夫が、子の出生後において、その嫡出であることを承認した時は、嫡出の否認権を失う(民法第776条)

〇嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない(民法第777条)

⇒夫が、妻と婚姻中に妻が懐胎した子について、自分の子であるという推定を受けますが、この推定について一旦自分の子であると認めたり、子の出生を知ってから一年間争わなかったりした場合には、親子関係を早期安定させるために、もはや自分の子ではないと争うことはできないようになっています。当然、その結果、法律上の親子関係と血縁上の実親子関係がずれることがありえます。

⇒なお、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子のように、そもそも夫の子であるという「推定を受けない嫡出子」については、1年の期間制限なくいつでも親子関係を争うことが可能です(子供が生まれた日がたまたま婚姻から200日以内なのか201日以降かによって、父子の法律関係の安定性に大きな差が生じ過ぎて合理的ではないという批判もありますが、婚姻中に懐胎した子であっても別居期間が長期に及んでいて夫婦間に一切性交渉がなかったことが外観上明白であった等の特別な事情がある場合には、その子を父の子であるという推定を受けない嫡出子として扱い、期間制限なく争うことが認められることもあります)。

(*ちなみに、嫡出否認の訴えについて、夫にだけ否認権が認められており、当事者である妻や子には認められていませんが、これは明治に民法が制定された際、嫡出推定を争うということは、妻が夫と婚姻中あるいは婚姻直前に他の男性と姦通したことを認めるに等しく、妻自身にそのような性的な不品行を主張する権利を与える必要はないし、子に母の姦通を主張させるのも問題だということで、夫にのみ権利が認められたからだと言われています。同様に、夫が嫡出を承認した場合には、(仮に実際には血縁上の父子関係がなくても)法律上の父子関係が確定する規定となっていますが、これは否認するのも承認するのも父の意思次第という発想が下にあり、父権思想の名残だと言われています。)

以上のように、民法では、法律上の親子関係と血縁上の親子関係がずれる可能性があることを前提としていますが、民法制定当時はDNA鑑定もなく、そもそも血縁上の親子関係がどうなのかを科学的に確認することが想定されていなかったことから、上記のような親子関係の推定制度や認知制度を設けることで、(血縁上の親子関係はさておき)法律上の親子関係を安定させることで、子供の立場が不安定になること等を避けてきたのです。

では生殖補助医療により出生した子の親子関係をどう考えるか?

以上のような考えの民法を前提にしつつ、生殖補助医療により出生した子の親子関係について考えていく必要があります。

そして、基本的には、長年の運用により得てきた安定性を生かすために従来の法体系に乗り、かつ、懐胎方法による子への差別や不公平を生じさせないためにも、できる限り、通常の出生による子と、生殖補助医療による出生の子を同様に取り扱うべきだと考えます。

まず、母子の親子関係については、分娩の事実により明確に親子関係を把握できますから、法律上の親子関係も同様に認めるべきで、これは精子や卵子の提供者が誰であるかに関係ないものと考えます。

なぜなら、母子関係については、出産という客観的に明確な基準で決定できるようになり、法律上の親子関係も安定しますし、実際に身ごもった女性を母とすることで自然な親子愛を育むことに繋がり、子の福祉にも叶うと考えられるからです。

ちなみに、代理懐胎のケースでも、他に卵子の提供者がいたとしても、出産をした女性と子の間に母子関係が生ずると考えられています(平成19年3月23日最高裁決定)。

また、諸外国でも、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン等で、原則的に出産した女性を母とする法制度が整備されています。

次に、父子の親子関係についても、(法律上の婚姻関係にあるかどうかにかかわらず)夫婦の同意の下に、生殖補助医療を利用して子が出生しているのであれば、精子や卵子の提供者が誰であるかにかかわらず、従来どおり民法を適用していくべきだと考えます。

なぜなら、当該夫婦が生殖補助医療による子を設けることを希望していますし、これによる妻の懐胎に同意した夫は出生した子を自らの子として引き受ける意思を有していると考えられるので、同意した夫に父としての責任を負わせることが相当だからです。

この点については、すでに裁判例も存在しており、第三者から精子の提供を受けて行われた人工授精による子について、夫の同意を得て人工授精が行われた場合には、夫と子の間に親子関係が存在すると判断されています(平成10年9月16日東京高裁決定)。

また、要綱中間試案でも同様に考えられていますし、諸外国においても、例えばアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ等では、すでに上記を前提とした法制度が整備されています(他方、第三者から精子が提供された場合に、当該提供者が父であることを主張することもできません)。

このように、生殖補助医療について、夫婦の同意があれば、特に問題は起きないため、日本産婦人科学会による「体外受精・胚移植に関する見解」や厚生科学審議会生殖補助医療部会による報告書においても、医療行為の度に夫婦の同意が存在することが大前提となっています。

しかし問題は、今回の事件のように、夫婦の同意が認められないにもかかわらず、生殖補助医療による子が出生したケースです。

まず精子提供者が第三者の場合には、もはや夫には、自らの子として引き受ける意思もなければ、血縁上の親子関係もなく、法律上の親子関係を認める合理性がなく、結論的には、法律上の親子関係を否定することが相当だと考えます。

この点については、すでに同じ結論の裁判例が存在しています(平成10年12月18日大阪地裁判決)。

次に、今回の事件と同様に、夫の精子を用いて生殖補助医療を行ったものの、夫の同意が認められない場合についても、結論としては、やはり法律上の親子関係を否定することが相当だと考えます。

なぜなら、子を有する意思がない夫に対して、自らに非がないにもかかわらず出生した子との間に親子関係を認めることは夫の予期に反するし、生殖補助医療による出生については、時として血縁上、遺伝上の繋がりよりも、夫婦が同意し、自らの子であることに承諾したという事実関係を優先して親子関係を認めるものであり、この点においめ、夫の同意が認められないケースについては、親子関係を否定すべきだからです。

結論は以上のとおりとすべきだと考えますが、問題は、法律上、どのような根拠で親子関係を否定できるかです(民事事件では、結論を考えた上で理論構成を考えることはよくあります)。

今回の事件の場合では、生殖補助医療により長女が出生したのは、夫婦が婚姻していた間であるため、民法に従えば、夫の子であると推定を受ける嫡出子ということになります。

とすれば、これを争うためには、先にご紹介した民法上第774条に規定される嫡出否認の訴えによるほかないと思います(直接あるいは類推適用)。

ただ、嫡出否認の訴えには1年の期間制限があります。

上述しましたとおり、民法は、本来あるべき親子関係がどうかということを後退させてでも、法律上の親子関係を早期に確定させることを想定しています。

このような民法の考えは、生殖補助医療による懐胎・出生についても何ら異なることはありませんので、期間制限を過ぎてしまえば、もはや嫡出否認の訴えを提起することはできなくなると考えます(この1年の期間制限には時効中断はありません)。

他方、自然懐胎の場合に、およそ夫婦間に性交渉がないことが明らかな外観状態があったケースで、推定を受けない子という概念を用いて、期間制限を解除することがあったように、生殖補助医療による懐胎においても、およそ夫婦が生殖補助医療に同意しないことが明らかな外観があった場合には、推定を受けない子の概念を用いて、嫡出否認の期間制限を解除してしまうという考え方もありうると思います。

そして、今回の事件では、男性側は子の出生前に同意のない移植が行われていたことを知っていたようですので、子の出生については、実際に出生したタイミングで認識していたと思われます。

そうしますと、子が出生した2015年4月から1年以内に、訴えを提起しているかどうか、もし1年過ぎてから訴えを提起している場合には、移植が行われた期間に、およそ男性側が移植に同意することがないことが明らかな外観があったかどうかで結論が分かれるのではないかと思います。

男性からの院長や女性への損害賠償請求について

今回の事件では、男性は、院長と女性に損害賠償請求もしているとのことですので、この点についても軽く触れます。

ここで、自分の精子を使った受精卵を用いて、自分と血縁上の親子関係が生じる子を出生するかどうかという選択は、人格の根幹にかかわるような大切な自己決定権に属するものであって、これについて男性の同意を得ずに受精卵を移植して子を出生したのですから、院長及び女性は、共同不法行為として、男性の自己決定権を侵害したと評価できるのではないかと思います。

その結果、一定の慰謝料請求が認められるものと考えます。

ちなみに、男性の同意をとっていない移植について、日本産婦人科学会の規定に違反しますが、学会の規定は法律ではありませんし、これに違反したからといって、院長や女性に対して賠償請求ができるかどうかは直接関係ありません。

【本稿は、題材となった事件に関する情報が少なく、今後新たに公表される情報の内容によって、考え方や結論が大きく変わることがあり得ます。また、過去になかった事案についての解説であって、実際に裁判所がどのように判断するかは未知な部分が多いこと、また、今後、法律が整備されたり、それに至らなくてもさらに議論が深まったりする中で、本稿の見解と全く異なる考え・結論になることも十分あり得ることにご注意ください】

※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。