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乳がんステージIVと闘う亜利弥’「笑って下さい、火事で焼け出されました」〈後篇〉

藤村幸代フリーライター
「自分の経験を通して伝えたいことはたくさんあります」と亜利弥’(撮影:藤村幸代)

■「数ヵ月」と「数年」の狭間で■

 4月の引退興行から半年間の出来事を聞いてから、約2週間後の12下旬、亜利弥‘から連絡が来た。「正式に余命をドクターに尋ねてみた」のだという。

 それまでの主治医が異動したこともあり、亜利弥’は3月から別の病院で治療を続けている。新たな主治医とは雑談ベースで余命について触れることはあったが、ストレートに尋ねるのはこれが初めてだった。

「聞かれたから答えるけど」と前置きをした上で、主治医から現状を告げられた。

「余命は数ヵ月から数年単位で、10年は厳しいかもしれない。ただ、治療法や薬の変更で余命は変わりますよ」とのことだった。

「私としては、腫瘍マーカーの数値が落ちついていたこともあって、『このまま最低でも数年は生きる』と言われると思っていたので、『数ヵ月』という短さに驚きました。といっても、逢いたい人には昨年ほぼ全員に逢えたし、行きたい所にはほぼ行けたし、食べたい物もほぼ食べることができている。だから、いつ天寿を全うしても良いと思いつつも、親より先に逝くことだけは避けたいので、少しだけ頑張りたいと思っています」

 一昨年(2015年)2月、最初の主治医に初めて余命を聞いたとき、「来年の桜は見られないでしょう」と言われた。そのときから決心はついている。できる限りの準備もしてきたつもりだ。だが、「数ヵ月から数年」という不確かな数字は、亜利弥’を不安にさせる。

 毎日、吐き気が治まらない、原因不明の激痛が体のあちこちを襲う。こんなにしんどくて、数年間も耐えられるのだろうか。その数年をどうやって生きていけばいいのか――。

「現状ではいつ入院になるかわからないので、ドクターとは入院中に動けなくなったときの世話や、死後の話までしてきました。でも、問題はそれまでがん保険がもつかどうかで、やはり仕事をしないといけないというのが話し合いを終えたときの率直な感想でした」

■私も「ながらワーカー」になりたい■

 最近、テレビで流れる「ながらワーカー」のAC支援広告キャンペーンを見るたびに、亜利弥‘は複雑な気分になる。

「ながらワーカー」とは、通院しながら、治療しながら、また職場や病院と相談しながら働くがん患者のこと。がん治療を続けながらでも働ける環境づくりは、ぜひとも必要であり、こうしたキャンペーンを通して理解の輪が広がり、ひとりでも多くのがん患者が不安なく働ける環境になってほしいと、亜利弥’は願っている。

 ただ、起き上がれないほどの痛みや倦怠感に襲われた日は、この広告が重圧になることもある。

「働かないといけないのはわかっているし、薬を飲むだけで体が動くなら私だって毎日少しでもガンガン働きたい。でも、しんどくて動けないときに『働け、働け』って酷だよ! と、テレビに向かって腹を立てたりして(笑)。たとえば末期がんでも薬で症状を抑えられる人もいれば、私のような人間もいる。がん患者をひとまとめにしているようで配慮が足りないなと、CMを見るたびに胸が痛くなります」

 区役所に就労相談に行ったときは、詳しい症状を説明する前に「ハローワークに行ってください。仕事を紹介します」と言われた。1年がかりで申請書を作成した障害年金も、つい先日、不支給が決まった。

 がんの症状はそれぞれで、全く同じ症状の人はいないのに、国の補助や行政のサポートは画一的で、「冷たいな」と感じてしまう。

「自分の経験を通して伝えたいことや訴えたいことはたくさんあるんです。それが活かせて、私の体調でもできる“ながらワーカー”の仕事があれば、ぜひやりたいんですけどね」

■“なんちゃってスピリチュアル”に振り回された日々■

 経験を通して亜利弥‘が伝えたいことのひとつが「代替療法(民間療法)やスピリチュアル療法の在り方」だという。

 最近ではサプリメントや健康食品、鍼灸、マッサージなど、病院での治療以外に行う代替療法の有効性、安全性について、世界的に研究が進んでいる。

 その有効性が科学的根拠で示唆された療法もある。また、がんの進行や症状、個人の体質その他により、その療法が効いたと感じる人もいれば、効かないと感じる人もいる。そうした療法の違いや個人差を踏まえた上で、「まずは病院に行くことを勧めたい」と亜利弥’は言う。

「早めに病院に行くことと、病院選びは大切です。私は最初の病院でがんが見つからず、別の病院に行ったときはステージIVと診断されました。『大丈夫』と言われたことに安心して、感じていた体の違和感を信じてあげることができなかった」

「大丈夫」と同じように、周囲の「絶対に効くから」という声も鵜呑みにすべきではない。何度もこの言葉に振り回されてきた亜利弥’の、自戒を込めたメッセージだ。

「友人や先輩からの紹介で『NO』と言えない状況のなか、これまで“がんが治る果汁”や、ネズミ講のようなサプリ購入の誘いが多くありました。友人関係が壊れないようにと気遣って購入していたときもあるのですが、私の進行がんに効果があるものには出会うことができませんでした。でも、友人に効かなかったと告げると『ごめん! じゃあ次はこれを飲んで。絶対に効くから!』と。お金を払うのは私なのに」

 一昨年に余命数ヵ月と宣告されたあと、しばらくは先輩の勧めでスピリチュアル療法も受けていた。施術者にがんの痛みや38度の熱が引かないことを伝えると「病院には絶対に行ってはいけない」と言われ、1回1万円の手かざし療法を15回以上受けた。高額なサプリメントも購入した。

「施術では患部を強く揉まれたこともありました。その半年間に転移が一気に全身に広がってしまったことが、今は悔やまれてなりませんし、藁をもつかむ思いに付け込まれ、財源にされていたことに腹が立ちます。代替療法を否定しているわけでは、もちろんありません。ただ、自分には効かない、向かないものもあるし、なかには“なんちゃってスピリチュアル”や“なんちゃってサプリ”もある。私の経験を知っていただき、そういうものに惑わされないでほしいなと願うばかりです」

 伝えたいことは、まだまだある。

 主治医に薬を調合してもらい、体に起こる激痛や吐き気と闘う。そんな「がんと医療の追いかけっこ状態」を続けながら、今はその伝える術と生き抜く術を必死に考えている。

◆乳がんステージIVと闘う亜利弥’「笑って下さい、火事で焼け出されました」〈前篇〉

◆乳がんステージIVと闘う亜利弥’「笑って下さい、火事で焼け出されました」〈中編〉

◇女子プロレスラー 乳がんステージIVからの挑戦〈前篇〉

◇女子プロレスラー 乳がんステージIVからの挑戦〈後篇〉

◇「必ずがんを叩きのめそう」先輩・北斗晶からの手紙

◇乳がんステージIVと闘う亜利弥’が引退試合「胸いっぱい、最高です」

フリーライター

神奈川ニュース映画協会、サムライTV、映像制作会社でディレクターを務め、2002年よりフリーライターに。格闘技、スポーツ、フィットネス、生き方などを取材・執筆。【著書】『ママダス!闘う娘と語る母』(情報センター出版局)、【構成】『私は居場所を見つけたい~ファイティングウーマン ライカの挑戦~』(新潮社)『負けないで!』(創出版)『走れ!助産師ボクサー』(NTT出版)『Smile!田中理恵自伝』『光と影 誰も知らない本当の武尊』『下剋上トレーナー』(以上、ベースボール・マガジン社)『へやトレ』(主婦の友社)他。横須賀市出身、三浦市在住。

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