英EU離脱の教訓:経済政策はすべての層のために機能しなければ爆弾に引火する

(写真:ロイター/アフロ)

「アイデンティティ」政治ではなく経済の問題

先の労働党政権の元首相、ゴードン・ブラウンが「ブレグジットが残した最重要な教訓は、グローバリゼーションは英国の全ての人のために機能せねばならぬということ」というタイトルの記事を書いていた。彼は、EU離脱投票の結果は昨今流行りのアイデンティティ・ポリティクスの枠組ではなく、経済問題として考えるべし。ということを、いかにも彼らしく地味に、いぶし銀のような筆致で描いている。

我々の国のように多様化した国が離脱派のキャンペーンのような内向きの、反移民のレトリックで何年も過ごすわけにはいかない。だが、同様に我々は、この国の鍵を握る心配事を拒否する残留派のタクティクスでは前進できない。(中略)誰もが認識しているが口に出したくない重要な問題は、グローバリゼーションだ。我々のグローバル経済における劇的な変化のスピード、範囲、規模。その結果、我々が失ったものを最も明らかに表しているのは、アジアとの競争にさらされた製造業の崩壊で空洞化した労働者の街だ。(中略)グローバリゼーションは抑制可能で、自分たちの利益を守ることも可能なのだと思えない人びとは、当然ながら「人間の移動」を争点にした反グローバリゼーションのムーヴメントに参加することになる。

出典:Guardian:"The key lesson of Brexit is that globalisation must work for all of Britain" by Gordon Brown

英国のユーロ導入を阻止した元首相の提言

しかしながら、ブラウン元首相は、今後の行き方はある。と提案する。

グローバリゼーションだって公平でインクルーシヴなものにできるのだということを我々が示せなければ、反グローバル主義運動があちこちに現れ、政治は国籍や民族、または「アイデンティティ」を軸にして動くことになる。昨今の政治を分けているのは「オープンな世界」か「閉じられた世界」かの概念だと言う人々もいる。だが、この考え方は、システムからイデオロギーを取り除きたい人々や、グローバリゼーションのアキレス腱である「開き過ぎる格差」と直面したくない人びとの逃げ場であるように僕には思える。本当に政治を分けているのは、不公平に立ち向かい、うまく管理されたグローバリゼーションを支持するのか、介入を許さない完全に自由なグローバル市場を求めるのか、シンプルに反グローバル主義を唱えるのか、ということであろう。

出典:Guardian:"The key lesson of Brexit is that globalisation must work for all of Britain" by Gordon Brown

ブラウン元首相は、「資本、労働力、モノとサービスの自由な移動、即ちマイグレーションから派生する(だがヒステリックなまでの物議を醸すことがある)様々のイシューを調査する委員会」を設置し、世界中からこの問題の専門家を集め、担当大臣も配置せよと提案している。ブラウン元首相はブレア政権の財務相を務めていた頃、英国の単一通貨ユーロ導入の是非を測定する「5つの経済テスト」を行い、英国のユーロ導入は時期尚早と判断した人物でもあり、彼がその決断を下した時のように、ノルウェーやスイス、カナダ、WTOモデルなど、あらゆる可能性を深く探るべきだと書いている。

そしてスコットランド人でもある彼は、スコットランドも、自分たちの年間貿易額は対イングランドで460億ポンド、イングランドに関連した仕事の数は100万であるのに対し、対欧州大陸では年間貿易額120億ポンド、関連する仕事の数は25万であるという事実を冷静に受け止め、欧州と英国の双方の一部であることの恩恵をダブルで受けられるように立ち回るべきと書いている。

内向きになったイングランドにはプログレッシヴなスコットランドはついて行けないわ。と短絡的に動かず、民の生活をまず考えろ。といぶし銀のブラウンは言っているようだ。

反緊縮派が止められなかった緊縮をブレグジットが止めるのか

米ダートマス大の経済学の教授、デヴィッド・ブランチフラワー(2006年から2009年までイングランド銀行金融政策委員会の外部委員を務めた)は、反緊縮派が止められなかった保守党の緊縮財政をブレグジットが完全に終わらすことになるだろうと書いている。

ポンドは急落、銀行、不動産、建設業の株価も急落、特にロンドンでの住宅価格の急落も不可避と言われ、リセッションの怖れが英国中を覆っている。マイケル・ゴーブとボリス・ジョンソンが率いた離脱派の勝利はすでに英国に100億ポンド以上の損失をもたらせたとも言われている。

格付け会社S&Pは英国のEU離脱を「影響力の大きな出来事」と呼び、英国の格付けをAAAからAAに格下げ(2010年に本格的な緊縮財政への移行を宣言したとき、保守党政権はAAAだけは維持すると約束していた)、フィッチもAA+からAAに格下げ、バークレイズは2016年の第3および第4四半期のマイナス成長を予測している。クレディ・スミスも2017年の英国の成長率はこれまでの予想の2.3パーセントから-1.0パーセントに落ちると予想している。これを受け、すでにイングランド銀行のマーク・カーニー総裁は経済刺激策の必要性をほのめかしている。

ブレグジット後の英国がリセッションに突入すれば、2020年までに財政均衡化を果たすと言ってゴリゴリの緊縮を進めてきたオズボーン財相の計画は持続不可能になる。社会の末端で餓死者が出ても子供の貧困率を押し上げても障害者の生活保障を極限以上に削減して国連の調査が入るというたいへん不名誉なことになってもひたすら財政均衡を目指した保守党の緊縮財政が、皮肉なことにブレグジットで終焉を迎える、と同教授は書いている。

これは緊縮という破滅的な実験の終焉だ。それは屈辱的な失敗に終わるだろうと私は最初から反対していた。

「もう(政府に)金は残されていないのだ」とあのときオズボーン財相は言った。もしあのときになかったのなら、いまは間違いなく何も残されていないだろう。彼自身が爆弾で吹っ飛ばしてしまったのだから。

出典:Guardian:"The Brexit vote will kill austerity" by David Blanchflower

こうなるまでわからなかったのか、と思えば「緊縮は病気である」と言われるのも無理はない。

だが、緊縮がいつかは引火する爆弾だとすれば、抱えていたのは英国だけではない。

昨年、シリザ率いるギリシャが反緊縮の狼煙を上げてEUに反旗を掲げた時、欧州理事会議長ドナルド・トゥスクは「政治の季節」と言われた1968年のような反体制運動や革命が欧州全土に広まるのではないかと懸念していたという。EUはギリシャを抑えることには成功した。だが、不満を抱えた爆弾は欧州にはいくつも転がっている。