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彭帥はどこに?「#MeToo」運動は中国で再燃するか?

阿古智子東京大学 総合文化研究科 教授
(写真:ロイター/アフロ)

 テニスのウィンブルドン選手権で優勝経験もある中国の彭帥(35歳)が、張高麗前副首相(75歳)に性的関係を強要された後に不倫関係になったことをSNSで告発後、消息不明になっている。

 女子テニスツアーを統括するWTA(女子テニス協会)のスティーブ・サイモン最高経営責任者(CEO)兼会長は14日(日本時間15日)、公式ホームページ上で声明を発表し、「彭帥に関する事件は非常に憂慮すべきもの。中国の元指導者の性的暴行を伴う行為についての彼女の告発は、非常に深刻に扱われなければならない。どんな社会でも、彼女が主張するような行為は、容認、無視されるのではなく、調査される必要がある。名乗り出た彭帥選手の勇気と力強さを称賛する。この問題が適切に処理されることを期待している。疑惑は完全に、公正に、透明に、検閲なしに調査されなければならない」と主張した。

 彭帥を知るテニス仲間たちも彼女を案じ、支持する声をあげている。大坂なおみは17日、ツイッターで「検閲はどんなことがあってもOKではありません。彭帥と彼女の家族が、安全で無事であることを願っています。今の状況にショックを受けていますが、彼女に愛と光を送ります」と記し、彭帥の写真とともに「#WhereIsPengShuai(彭帥は今どこに)」のタグを付けた。男子世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)も彭帥失踪のニュースに衝撃を受けていると明かした。

 一連の騒動で中国の政界には激震が走っているに違いない。なぜなら、中国では決して触れてはならない中央の役人(元役人)に関するスキャンダルがあっという間に世界中に広がり、その上、当事者の彭帥が失踪したことへの批判が集まっているからだ。中国共産党第19期中央委員会第六回総会(六中総会)や米中首脳会談など重要な政治日程の最中で、北京での冬季オリンピックの開催を控えている時だというのに。

 アナリストの中には、これを江沢民派と習近平派の闘争と関連づけて見る人もいる。張高麗は江沢民と関係が近いと言われており、習近平政権の威信に傷をつける意図がある動きではないかというのだ。しかし、張高麗はすでに政界を引退しており、権力闘争の核心を握っているわけでもない。私は権力闘争に関心を向けるよりも、彭帥が大きなリスクを冒してまで自らにとっても醜聞となることを晒した事実を重く見るべきだと考える。

 真相はまだ藪の中ではあるが、彭帥は軟禁されている可能性が高い。海外に逃れている説、国内で身を隠している説もあるが、彭帥が計画的に動いていなければ、それらの説は成り立たない。家族にも影響が及ぶ可能性があることを敢えてするだろうか。昨今の中国では多くの人が失踪している。私自身、長年中国研究に携わってきたが、少なからぬ友人や友人の家族、関係者が行方不明になっている。共産党政権が負の評価を受けるような声は「国家安全を脅かす」として封殺しているのだ。彭帥ほど有名な人であればそう手荒なことはされないと思うが、彼女の安全を確認できるよう、国際社会からの声を高めていくべきだろう。

 プロテニスプレーヤーとて、絶大な権力を誇る中国共産党の高官を前にしてはなんの力も持てない。全く平等ではない関係の中で生じた男女関係の問題に中国政府はどう対応するのか。WTAが求めているように検閲せず、公正に調べることができるのか。

 「#MeToo」運動は中国でも2018年頃から盛り上がっていたが、当局の検閲が強まり、注目されていたいくつかの裁判が打ち切られ、被害を訴える当事者たちのSNSへの投稿は禁止された。近年、中国でセクハラや性犯罪が裁判になることはまれだ。中国語で「#MeToo」運動を意味する「米兔」という言葉は中国のソーシャルメディアから排除されている。

 現在、彭帥に関するニュースは中国ではほとんど報じられていない。経済の先行きが不透明で、社会にも不安定要素がある中で、これ以上騒ぎを大きくしてはならないという判断があるのではないか。しかし、世界は注目している。これまで泣き寝入りせざるを得なかった被害者たちも。

東京大学 総合文化研究科 教授

1971年大阪府生まれ。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。大阪外国語大学、名古屋大学大学院を経て、香港大学教育学系Ph.D(博士)取得。在中国日本大使館専門調査員、早稲田大学准教授などを経て、2013年より現職。主な著書に『貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告』(新潮選書)、『超大国中国のゆくえ―勃興する民』(新保敦子と共著、東京大学出版会)、『香港 あなたはどこへ向かうのか』(出版舎ジグ)など。

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