人気の「5ナンバー・ミニバン」が繰り広げる“消耗戦” ノア、セレナ、ステップワゴン
コスト要件を満たして勝利を得る出口
しかしそうやって厳しい要求が突き付けられるのはボディだけではなく、シャシーも一緒だ。車高が高いので重心が高いのは宿命である。なのでコーナーを曲がると遠心力がテコの原理で強くかかってクルマを倒そうとする。ただでさえ重心が高いのに人が乗れば重心はさらに上がる。例えばノアの8人乗りSiというグレードを例にとれば、車両重量こそ1640kgだが、定員の8人が乗ると2トンを超える。 高重心で大重量を支えるのだからサスペンションも屈強なヘビーデューティー仕様に …… できない。ハイブリッドも含めてほぼ全てのグレードの販売価格をなんとか200万円代に収めなくてはならないのだ。最廉価グレードはできれば200万円に限りなく近づけたい。だからこれほど売れているのに高級な仕掛けは使えない。結果としてBセグメントやCセグメントの廉価モデルに使われる前:ストラット、後:中間連結型トーションビームでなんとかしなくてはならない。 売れているのに、というよりは売れているからこそ競争が本気で厳しいのだ。剣の名人同士の立会いではないが「先に動いた方が負け」に近い。知恵をヒネって隙を突けるほど牧歌的な競争ではないのだ。正解は唯一「一番安い仕掛けでなんとか走らせる」その「何とか」の僅かなレベル差で勝負が決まる。 「スポーツカーのように飛ばさない」穏やかなドライバーが多いから低速で乗り心地は当然良くしなくてはならないが、なのに2トンの遠心力にも対抗しなくてはならない。 2トンの重さを走らせるパワーがいるのに、燃費にも厳しい要求がある。燃費とパワーを両立するための複雑な仕組みを持つエンジンを投入するにはコストが……。
果てしない消耗戦の向こうに
という具合に息苦しくなる様な厳しい対立的要求項目の中で設計されているのが5ナンバーミニバンだ。ユーザーのわがままはクルマを進化させる大きな原動力になってきた。しかし、ここまで成熟してしまった5ナンバーミニバンにもうその構造は通用しない。乾いた雑巾を絞る消耗戦の中から「こんなスゴイもの作ったぜ」というクルマは中々出てこないだろう。 前述の著書の中で沢村慎太朗氏は、より具体的な設計手法や構造、ハイブリッドとの整合性まで緻密に検証してみせている。クルマ好きがあまり興味を示さないミニバンにも当然のごとく熾烈なエンジニアリングの戦いはあるのだ。現実社会のエンジニアリングとしてそれは極めてリアルな世界だと言える。 (池田直渡・モータージャーナル)