プーチンの友、シュレーダーの孤独な誕生日
ウクライナ侵攻後もプーチンに面会
彼はロシア・ウクライナ戦争勃発後も、プーチン大統領と面会できる、西側では数少ない人物の一人だ。2022年3月には、スイスの実業家から「ウクライナ政府のために、停戦条件についてプーチン大統領の見解を聞いてほしい」という依頼を受けた。シュレーダー氏が携帯電話でベルリンのロシア大使館に「プーチン大統領に会いたいので、アポイントメントを取ってほしい」と要請したところ、大使館から「明日ならば面談できる」という返事が来た。EU(欧州連合)の経済制裁措置のために、ドイツからロシアに飛行機で直接行くことは不可能なので、シュレーダー氏はトルコ経由でモスクワへ飛び、実際にプーチン大統領と面談した。だが停戦工作は全く実を結ばなかった。彼はNDRの番組の中でもプーチン氏との会談内容については語らなかった。 シュレーダー氏がプーチン大統領との間で、個人的に親しい関係を築いていたことは事実だが、ウクライナ侵略という欧州の安全保障の行方を左右する大事件については、影響力を行使することはできなかった。このことから、「自分たちは親友だ」と考えていたのはシュレーダー氏だけで、現在のプーチン大統領はシュレーダー氏を「ドイツの政界で影響力を失った、利用価値のない人物」と見ていることが窺われる。 NDRとのインタビューの中で、シュレーダー氏が一度だけ気色ばんだことがある。彼はシュトラトマン記者から、ロシアを擁護することの道義性について問われて、「道義性? きみ何を言っているんだ。私は戦争をやめさせる道があるかどうかについて、交渉するためにモスクワでプーチン大統領と会ったのだ。そういう交渉は、道義性について語る場ではない」と反発したのだ。 ドイツでは「シュトラトマン記者は、突っ込み方が足りない」という批判が出ている。たとえばシュトラトマン記者は、「あなたは首相だった時、同盟国・米国のイラク侵攻を批判し、戦争への協力を拒否しました。それなのに、なぜあなたは今世界の多くの国から戦争犯罪人と見られている人物に仕えているのですか?」というような質問をしていない。取材対象者に対する遠慮が感じられた。 結局シュレーダー氏は、プーチン大統領によって利用された。秘密警察や諜報機関は、自分の掌中に収めたいと考えた人間と長年にわたって親交を結び、協力者に仕立て上げる。KGBでも伝統的な手法である。秘密警察や諜報機関で働いた者にとって、本音を隠して嘘をつくことは日常茶飯事である。秘密警察出身の人間と付き合う際の鉄則は、「この人は嘘をつくことが、当たり前と考えている」と意識することだ。シュレーダー氏を始めとするドイツの多くの政治家は、この鉄則を守らず、プーチン大統領に取り込まれた。プーチン大統領は、KGBで学んだ手法を使って、ドイツの元首相を金で篭絡し、欧州最大の経済パワーが長年にわたってロシアからの安い化石燃料という「甘い毒」に依存するように仕向けた。 シュレーダー氏は、2022年4月に米ニューヨーク・タイムズの記者に対して行ったインタビューで、「私は私腹を肥やすためにロシアとの間でガス貿易を拡大したのではない。エネルギーを通じてドイツとロシアの間の結びつきを深め、欧州の安全保障を強化することが目的だった」と語っている。しかし彼の刎頸の友がウクライナ文化の消滅をめざして、第二次世界大戦以来最悪の侵略戦争を続けている今、シュレーダー氏の理想論は空しく響く。 今やシュレーダー氏は、ドイツで軽蔑され、蛇蝎のように嫌われている。SPDの複数の地方支部は、執行部に対し彼を党から除名するよう求める申請を提出した(SPDは、シュレーダー氏の除名は断念した)。シュレーダー氏は、ロシアを擁護する言動のために、居住地ハノーバーの名誉市民や地元サッカーチームの名誉会員の座も追われた。シュレーダー氏はプーチン大統領が仕掛けた落とし穴にはまり、政治家としての晩節を汚した。 シュレーダー氏はニューヨーク・タイムズとのインタビューの中で、「もしもガスプロムがドイツへの天然ガスの供給を止めたら、私はNS1運営会社の監査役会長を辞任する」と語った。シュレーダー氏は、2022年8月31日にガスプロムが天然ガスの供給を止めてからも、監査役会長の座から辞任していない。この一点からも、彼が道義心に欠ける人物であることがわかる。同時に、100人が「黒」と言っても、自分だけは「白」と言って我が道を行く頑固さには、極めてドイツ的なものを感じる。
ジャーナリスト 熊谷徹