「身体が走り続けたいと言っている」 2008年モデルのグラントゥーリズモは驚くべきGTカーだった!
どこまでも走りたくなる!
雑誌『エンジン』の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている人気企画の「蔵出しシリーズ」。今回は、2008年6月号に掲載されたマセラティ・グラントゥーリズモのリポートを取り上げる。マセラティの4座クーペは、グランスポルトよりもずっと大人びた雰囲気をたずさえたクルマだったが、その本質はずっと洗練されたクルマになったというところだけにあるのだろうか? 登場から時を経て、いま一度ひっぱりだしてみたら、巧まずともその答えが見つかったのだった。 【写真7枚】マセラティのGTカーは天下一品! グラントゥーリズモの華麗な内外装を詳細画像でチェック ◆プレスティッジ・サルーンのごとく滑るように走る 花びらを透かしていた陽が地平線の向こうに沈み、僕らは2日めの撮影を終えた。「おつかれさま」と挨拶を交わして望月さんと別れ、僕は程遠くない自宅へと鼻先を向けるはずだった。けれども、なぜか信号を右折せずに左へ曲がり、首都高速5号線の浦和南へとマセラティ・グラントゥーリズモを走らせた。 旧浦和所沢街道から大宮バイパスへと抜ける路は春休みにもかかわらず、ラッシュ時で込んでいた。けれども滑らかな変速マナーを見せる6段オートマティック・トランスミッションのおかげで、混んだ遅い流れに身を委ねるのはちっとも辛くなかった。4.2リッターのV8は比出力が96ps以上にも達するハイチューン・ユニットだけれども、フェラーリとは違って90度クランクとシングル・スロットルを使う。超高性能エンジンであっても、ロードユースでの柔軟性と快適性を軽んじていない。まるでプレスティッジ・サルーンのごとく滑るように走る。 首都高速へ入り、そのまま上って都心へ向かおうと思ったはずなのに、美女木で外環自動車道へ折れてしまった僕は、気づくと常磐自動車道へマセラティの鼻先を入れていた。時節柄か、不ぞろいな速度でまばらにファミリーカーの群れが現れては消えるなか、全長4.9mになんなんとする4座クーペは、スイスイと泳ぎ回る。右足をさして深く踏み込まなくとも、非線形特性の強いスロットルの喉が大きく開き、2tになろうかという重さをいささかも感じさせないような加速力を引き出してくれる。ボタンを押してスポーツ・モードを選べば、オプション装着されているスカイフック・ロジックの電子制御ダンパーが瞬時に脚を引き締め、と同時にスロットルの非線形特性はいよいよ強まって素晴らしい速度支配力を見せ付けるようになる。 けれども、水戸を過ぎて前を塞ぐミニバンの群れがいなくなると、しっとりとした室内には、穏やかな時間が流れていた。スポーツ・モードをいつ解除したのだったか? 落ち着いた印象のレタリングで数字の刻まれた速度計の針は、120から130km/hの辺りをゆっくりと上下している。表示誤差を考えると、実速で100から120弱ぐらいだろうか、すっかり夜の帳が降りた山間を、V8の軽やかなハミングを聞きながらひたひたと走るのは、とても心地いい。サスペンションはコンフォート・モードのプログラムを外れることなく、ゆったりとした動きをつくり続けてくれる。 ふと深い咆哮を聞きたくなって左手の指でパドルを2回ほど引いて回転計の針を跳ね上げ、右足を素早く踏み込めば、テールからたなびくような深い咆哮が聞こえてくる。駆動力は一気に高まる。イニシャルで5割を超える荷重が掛かっている太い後輪は、さらに増えた荷重で押さえ込まれ、穏やかにしかし確実に介入する差動制限装置の援軍も得て、怒涛のトルクに応える。路面をわしづかみにするかのようなグリップを発揮する20インチ・タイヤのコンタクト・エリア。ピストンとそのコンタクト・エリアをつなぐすべての金属パーツが原始のきしみに耐えているさまが伝わってくるような加速感だ。ずっと軽やかでソリッドな加速感に包まれるフェラーリとは違った、マセラティならではのこの感触がたまらない。 でも、いつしかそんな遊びを忘れ淡々と巡航することになってしまうから不思議だ。気づけばいわきまで来てしまっている。磐越道へ入ってから阿武隈高原道路へ折れて山間に降りたマセラティは、荒れ放題の舗装に硬いショックを隠しきれないこともままあったけれど、身動きの確かさは狭い道をものともしない自信を与え続けてくれた。時ならぬ雪が舞い始めても止まる気がしなかった。そのまま国道49号へ合流して郡山へ抜け、そこで給油を済ませると、僕は磐越道へ乗り、新潟を目指した。 新潟はすぐにやってきた。遠くに見えてきた街の明かりを目にすると、まだ走り足りない気がした。身体が走り続けたいと言っている。ならば、走り続けるべきだろう。北陸道へ折れると、そこにはまだ地震の爪あとが路面のうねりに残っていた。しかし、マセラティは足取りをいささかも乱されることなく、クルージングを続けていく。軽すぎず、ソリッドな感触を伝え続けるステアリングがありがたい。肩に疲れを呼び込まない。オレンジの光に彩られたトンネルをいくつも抜け、海沿いに近づいていく。センター・コンソールの時計を見ると、日付が変わっていた。僕は心残りを押して糸魚川で高速を降り、宿を取った。 翌朝、澄み切った青空に向かって山道を登り始めると、グラントゥリズモは巨体を持て余すことなくワインディング路を飲み込む強かさを見せ付けた。白馬を抜け諏訪へと下る。 僕はようやく東京を目指す気になった自分に気づいたのだった。 文=齋藤浩之(本誌) 写真=望月浩彦 (ENGINE2008年6月号)
ENGINE編集部
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