「腕切断でもあきらめない」「まだ受け入れられない」 トルコ大地震から半年たった今、被災者が感じていること
地震発生から9日目の14日、救助隊の手が背中に触れた。トルコメディアは「奇跡の救出」と現場から中継した。応急措置の後、ヘリコプターで南部アダナの病院に運ばれた。ヘリに乗ったのは初めてだった。ぼんやりと「わぁ私、ヘリに乗ってる。みんなに知らせないと」と思った。実際には全身に大けがを負っていた。左腕、右足の指先部分が壊死していた。病院で直ちに切断されたが、当初説明はなかった。鎮痛剤が効き、エミネは腕には包帯が巻かれているだけだと思った。 19日は人生最悪の日だった。医師から手足を切断した事実を告げられたからだ。エミネは「なぜ私を助け出したの。死にたかった」と何度も繰り返した。一緒に暮らす父イスマイル(52)、母エリフ(44)が死んだと知ったのもこの日だった。入院前半は激痛に苦しみ、精神的な浮き沈みも激しかった。 ▽「明日はもっといい日に」 それでも励ましてくれたのが、婚約相手で弁護士のバルシュ・バルトゥチュ(27)だ。倒壊現場から病院まで付き添ってくれた。お気に入りのアイスラテを買ってくれ、頭部の治療で髪の毛をそられても「きれいだよ」と言ってくれた。友人も集まってくれたし、弟エフェ(19)と祖母が無事だったことにも救われた。
エミネは次第に持ち前の明るさと希望を取り戻した。「今日は嫌な日だ。何もうまくいかない。でも永遠に続くわけではない。明日はもっといい日になるかもしれない。自分に時間をあげよう。永遠に続く痛みもない。すべてよくなると信じることにした」 エミネは4月に退院した。首都アンカラでバルシュと暮らし、病院に通う。頭部の負傷した部分にガーゼを貼り、右足には義足を着け、左足も感覚がない。歩くことも大変だが、片手でメークの腕を磨き、コーヒーを入れる。6月から生活の様子をインスタグラムで公開すると、同じように体の一部を失った被災者から連絡がきた。エミネは1人ではなかった。 7月に予定していた結婚式は延期した。今はリハビリに集中する。「私たちの地元の結婚式はとてもにぎやかなもの。バルシュは踊るのが苦手だけど、誰かが踊らなければいけない。やっぱり私でしょ」。エミネは笑う。「人生には価値がある。腕のない生活にも慣れてきた。毎日新しいことを学び、できることが増える。私はとても頑固です。あきらめません」