「腕切断でもあきらめない」「まだ受け入れられない」 トルコ大地震から半年たった今、被災者が感じていること
地震発生4~5日目にかけ、がれきから公務員の父ハサン・ドゥマン(55)、特別支援学級教員の母ガムゼ(43)、大学生の妹イライダ(21)の遺体が相次いで見つかった。3人は抱き合うように出てきた。ジェミルは「父が母と妹を守るように覆いかぶさったまま亡くなっていた」とつぶやく。最後にひと目会いたいと思ったが、変わり果てた3人の姿を見たくなかった。父はハンサムで、母はかわいらしく、妹は美人だった。そのまま覚えておきたかった。身元確認は親戚に任せた。 ジェミルは「家族はみんな仲がよくて、愛情を隠さなかった」と話す。どんな問題も解決してくれる父を信頼していた。母とすれ違うたびに、小柄な体を抱きしめていた。親戚から、ジェミルももう大人なんだからとたしなめられるほどだった。 ▽「家族に会いたくて仕方がない」 心残りがある。親友の婚約式に出かけた日、家を出る前に母と少し口論になったことだ。数日の日程なのに、母は大きなスーツケースに服をたくさん詰め込んだ。シャツ9枚、ズボン8本、セーター、ジャンパーから水着まで。「こんなにいらない」「でもきっと寒いから」。それが母に会った最後だった。家族も自宅も故郷も失い、スーツケースだけが残った。
この半年は早かった。ジェミルはイスタンブールに家を借りた。最近ようやく外出するようになったが、外で遊ぶと家族のことを思い、罪悪感にかられる。両親と妹のほか、祖父母、おば、いとこも犠牲となった。これまで決して熱心なイスラム教徒ではなかったが、信仰にすがりたい気持ちも生まれてきた。「そうしないと、頭がおかしくなるから」。ときおり被災地に戻り、支援活動に参加する。父や母の知人から生前の思い出話を聞くときが唯一、安らぎを感じられる。 ジェミルは嘆く。「まだ受け入れられない。これは言葉だけでない。僕は前に進めない、何もできないんだ。家族への感情、家族の存在は変わらない。怖いぐらい会いたくて仕方がない。『死』なんて本当にあったんだ。こんなに突然降りかかってくるなんて。家族なしで生きていかなければならないことが、僕にとって一番重たい事実だ」 ▽「奇跡の救出」の先に待っていた苦痛 幼稚園教員のエミネ・アクギュル(25)は2月6日未明、アンタキヤの自宅で被災した。強い揺れに飛び起き、ベッドの横にしゃがみ込んだ。床が抜け落ち、がれきの下敷きになった。その後、自分がセットした携帯電話のアラームが鳴ったこと以外、よく覚えていない。水をがぶ飲みする夢を見たが、何も聞こえず、何も食べなかったはずだ。