「甘すぎる」時代に阿部慎之助が巨人軍新監督に抜てきされたワケ 思い出す「衝撃の一発」事件(小林信也)
プロ野球が3月29日に開幕した。大谷翔平、山本由伸らが参戦する韓国でのMLB開幕戦に話題を奪われ、ファンの目は国内より海外に向いている。そんな中、巨人・阿部慎之助新監督が初陣を迎える。
阿部といえば思い出すのが2012年、巨人対日本ハムの日本シリーズ第2戦での衝撃の“一発”だ。日刊スポーツは書いている。 〈緊迫の東京ドームが笑いに包まれた。巨人阿部慎之助捕手(33)がマウンドに駆け寄り右手を広げた。 「バカッ、お前!」。駄々っ子を黙らせるように、沢村拓一投手(24)の頭を、いきなりひっぱたいた。〉 先発の澤村は初回二つの死球を与えた。さらに二死一、二塁、打者稲葉篤紀の場面で二塁けん制のサインを見落とした。阿部がマウンドに歩いたのはその時だ。 これについて阿部自身がオフに日本テレビの特番「一流のプロが選んだ自分よりスゴい人教えますSP」に出演し回想している。歌手の南こうせつがVTRを見ながら、「ピッチャーを殴った。あれはスゴく良いシーン」と絶賛する。「ピッチャーは当然引き締まる。チーム全体が引き締まる。そして巨人が勝った」。 褒められた阿部は満面の笑み。MCの今田耕司に聞かれてこう答えた。 「澤村があの試合、先頭バッター初球にデッドボールを当てたりとか、動揺してたと思うんです。その中でサインミスを犯したんで、冷静じゃないなってので、気付いたらひっぱたいていた」 あの時何を言ったのか? 「お前こんな時にサインミスしやがって、パシッです」 すかさず解説者の槙原寛己が称賛した。 「あの後ね、澤村がガラッと変わった。ピッチングが変わったんですよ」 見違えるような力強い投球で稲葉を一塁ゴロに打ち取り、8回まで被安打わずか3、7奪三振と好投。巨人は1対0で勝利する。
愛情表現?
この“事件”への世間の反応はおおむね歓迎。理屈抜きに澤村を一変させた兄貴・阿部に快哉を叫ぶファンが多かった。思えばこれが、阿部が自らのリーダーシップを世に知らしめ、監督候補にのし上がった“覚醒の時”だったのかもしれない。 日刊スポーツは頭をたたくに至る経緯も紹介している。 〈集中すると周囲が見えなくなる沢村を、どう制御するか。シーズン中から悩みの種だった。「声を掛けてもなかなか…」と、三塁を守る村田に相談した。(中略) 言って分からないなら、どうしたらいいかなぁ。 たたいて分からせたのは阿部なりに考えた愛情表現だった。〉 現在ならどうだろう。ギャグにも見える程度の暴力も、それを容認したら世間が許さない。だが、わずか数秒しか猶予のないピンチの場面で他にどんな特効薬があるのか。スポーツ界全体が共有する難問だ。 そんな時代に、巨人は阿部を監督に抜てきした。また、あれをやるかもしれない。内心、期待するファンがいないとも限らない。公言はしないが、「あれくらいは必要だ」と叫びたくてうずうずしているスポーツ指導者はきっといる。私は暴力を肯定しない。が、“厳しさ”は必要に決まっている、いまはちょっと甘すぎないか? とも感じている。 TBS系の金曜ドラマ「不適切にもほどがある!」が話題だ。中学教師で「けつバットも当たり前」の野球部監督・小川市郎が1986年から現代にタイムスリップする。現代の過剰とも思えるコンプライアンスを揶揄しながら、笑いの中で考えさせる。 巨人が同じ意図を含んで小川市郎ならぬ阿部慎之助を監督に送り込んだのなら、今季の巨人は面白くなりそうだ。さながら「ふてほど」のリアル野球版が連日展開されたら、敵チームとの攻防だけでなく、気合とコンプライアンスの対決にもファンは胸躍らせるだろう。