「気乗りしないセックス」の実態、コミュニケーションのコツを医師とカウンセラーに聞いた。
セックスがないことの悩みがあれば、セックスがあることで生まれる悩みもある。2024年4月に実施した「セックスレス」に関するアンケートには、セックスフルなパートナーとの(自分が望む頻度・時間を超える)セックスがあることによる悩みも寄せられていた。 【写真】【セックスレス】の本音など、1,614人から集まった性の悩みや現状をレポート! そこで、この「気乗りしないセックス」の実情を知るべく、性医学と心理療法をもとにセックスカウンセリングを行うカウンセリングルーム Esolveの医師・木村将貴先生とカウンセラー・谷口陽子先生に取材。パートナーとのコミュニケーションのポイントや、折衷案を見つけるために取り入れたい考え方なども伺った。 ■お話を伺ったのは… 泌尿器科専門医・指導医/性機能専門医/セックスセラピスト/生殖医療専門医/医学博士 木村 将貴 弘前大学医学部医学科を卒業後、現在は男性不妊や性機能を専門とする泌尿器科医師として、杉山産婦人科生殖医療科および帝京大学医学部泌尿器科非常勤講師として男女の様々な問題にアプローチしている。 看護師/日本性科学会員/性の健康カウンセラー 谷口 陽子 企業での社会人経験、結婚、出産を経て看護師に。性に関する悩みを抱え、苦しんでいる人に寄り添うため、カウンセラーとなった。
■「セックスがある」ことへの悩みの実態は? 身体の変化との関係は? そもそも、「気乗りしないセックス」に悩む人はどのくらいいるのだろうか? 様々なカップルが相談に訪れるカウンセリング現場からわかる状況や、出産や更年期などのライフステージの変化とセックスの関係を聞いた。 ──「パートナーとの(自分が望む頻度・時間を超える)セックスがあることによって辛さ・苦しさを感じる」という状況は、セックスレスに比べてあまり議論されていない印象です。こうした悩みを抱える方はどのくらいいらっしゃるのですか? 木村先生(以下、木村):正確な数値は出ていませんが、世の中の認知以上にわりといらっしゃると思います。学会では「気乗りしない性行為」として取り上げられている、性課題のひとつです。 谷口先生(以下、谷口):私は47組のカップルのカウンセリングを担当しているのですが、そのうち10組が「気乗りしないセックス」に悩んでいます。「イヤだな」と思いながらも性行為を受け入れ、だんだんと嫌悪感が強くなっていき、次第に完全拒否の状態であるセックスレスになっていくことも。実際に残りの37組のうち5組が、気乗りしないセックスを経てセックスレスになったケースです。 木村:日本性科学会有志によるセクシュアリティ研究会が発表した「中高年有配偶者の性における男女差の変遷―中高年のセクシュアリティ調査から」(2022年度版)※によると、気乗りしない性行為をしている割合は、圧倒的に男性よりも女性が多い。5倍くらいの数値の差が出ています。 一方で、気乗りしないセックスはしていない、と応えた女性の推移を見ると、2000年の約16%から約30%に増加しています。つまり、約20年で女性は意思表示ができるようになってきている、という見方ができます。 ※金子和子・日本性科学会有志によるセクシュアリティ研究会「中高年有配偶者の性における男女差の変遷―中高年のセクシュアリティ調査から」『日本性科学会雑誌41巻 1号』2022年 ──出産や更年期症状など年齢や身体の変化とともに、セックスに対するモチベーションも変化するものですか? 木村:出産後、セックスに気乗りしなくなった方はよくいらっしゃいます。産後や授乳期のホルモンバランスの変化による性欲の低下もあれば、育児に追われるなど精神的な要因も。心身ともにデリケートな時期で、家事育児の分担などパートナーの姿勢がセックスに対するモチベーションを左右することもあります。 また、閉経前後の女性に見られるのがGSM(閉経関連尿路性器症候群)という症状。女性の半数が罹患すると言われていて、尿路や性器の異変のほか、女性ホルモン減少に伴い、膣に含まれる水分減少などが起こります。潤いが減って膣の萎縮や形態が変化することで、性交痛や外陰部のかゆみなどがあらわれます。治療方法はさまざまありますが、婦人科でのホルモン補充療法が一般的です。 ただ産後や更年期に限らず、身体と心の悩みは複合的なものなので、婦人科に加えてカウンセリングなど社会心理学的な側面からもアプローチすると、改善度が格段に良くなるのではないかと考えています。 ■気乗りしないセックスをゼロにするため、「イヤ」を我慢するのをやめてみる カウンセリングルームでは、どんな悩み相談があるのだろう? 「気乗りしないセックス」に関する様々なケースと、それに対してどのように診療していくのか。Esolveで取り組んでいるアプローチについて伺った。 ──気乗りしないセックスに辛さを感じている方は、具体的にどのような悩みを抱えているのでしょうか? 谷口:話を聞いていくと、それが身体的な悩みなのか、精神的な悩みなのか、どちらかに偏っている場合もあれば複合的なこともあります。身体的な悩みに関しては、性交痛で苦しんでいる方が多いです。精神的なものですと、セックスに対峙することが苦しいという方も。 具体的な事例だと、育児や仕事などに追われているなかで、ひとり時間を楽しみにお風呂に入ったら、夫も一緒に入ってきたり。性行為をしなくてすむように、あえて子供を寝かしつけたまま眠るようにしている方や、相手が寝室に入ってくるのが怖いという方もいらっしゃいます。 木村:私たちのところに相談に来る方々は「セックスレスです」と、話されることが大半です。たとえば、男性側がレスに悩んでいるとおっしゃっていて、カウンセリングを進めていくと女性側がセックスにストレスを感じていることがわかったりする。セックスレスと表裏一体だと思う、という読者の方の話がありましたが、まさにそうだと思います。 ──セックスに苦しんでいる方に、どのような診療をされているのでしょうか? 木村:まず、気乗りしないセックスを「ゼロ」にしてもらうことから始まります。相手と心が離れてしまっている人も多いので、性的同意のような、お互いが安心できる状況をつくることが先決です。 谷口:ゼロにするには、まず「イヤだなと思っていることはすべてお休みしましょう」とお伝えします。やはり何かしら我慢しているとセックス自体が嫌になっていき、いずれ全くできなくなるからです。ですので、我慢をやめて、そこから二人にとってのゴールや目標を見つける。Esolveでは行動療法という手法で、ステップを踏みながらゴールや目標を目指します。 ──行動療法では、どのようなステップを踏むのでしょうか? 谷口:ステップは大まかに1から4まであります。 まずは二人でスキンシップを取って安心感を構築してもらう。ハグやキス、一緒にお風呂に入るなど日常的な肌の触れ合いがステップ1です。 ステップ2はペッティングといって、身体に触れ合い気持ちいいなと感じてもらえるように。 ステップ3は性器同士のスキンシップ。 そしてステップ4が挿入です。 すべての段階を全員が同じように取り組むわけではなく、カウンセリングで気持ちの変化を丁寧に確認しながら、二人にとって良い方法で、安心感を構築していきます。 ■セックスする/しないの二択ではなく、できることを二人で見つけ合う 読者3名の話の中でも、悩みの大きな部分を占めていたパートナーとのコミュニケーションについて。価値観や希望が異なる2人が、互いに心地よいと思える中間地点を見つけるためにはどうしたら良いのだろうか? コミュニケーションのポイントや、折衷案を見つけるために取り入れたい考え方などを教えていただいた。 ──パートナーと良好な関係を築くためにも、セックスに関するコミュニケーションは重要だと思われますか? デリケートな話題のため、話し合うことに抵抗感のある方も多そうです。 木村:「中高年有配偶者の性における男女差の変遷―中高年のセクシュアリティ調査から」(日本性科学会・2022年度版)のなかに「性的感情や欲求を伝えたりはなしあうことがありますか?」という問いがあり、女性は約70%、男性は約57%「伝え合わない」と答えています。これは増加傾向にあるようで、性にオープンになっている側面もある一方で、時代に逆行していますよね。どの年齢も性に対して淡白になっている結果だと思いますが、コミュニケーションがうまく取れるようになれば、状況が変わってくるのではないかと思います。 谷口:我慢し続けて、爆発するように気持ちを伝えあった結果、別れる寸前の最終手段としてカウンセリングにいらっしゃる方が多くいます。普段から冷静な話し合いができていたら、このような状況にはならなかっただろうなと思うんです。 挿入がすべてではないので、セックスする/しないの二択ではなく、「どこまでならできそう」「ここまでしてくれたら嬉しい」など素直に冷静に気持ちを伝えて、できることを二人で見つけ合うようなコミュニケーションが取れるといいですよね。あとは、環境を変えてみたり、ムード作ったりするのもおすすめしています。 ──ハグをして寝たり、スキンシップだけとったり、自分が「これならできそう」という触れあいの加減を伝えられたらいいなと思いました。 谷口:傷つけたくないからという理由で我慢するのは、良いコミュニケーションだとは言えないので、納得できるかたちを探っていただきたいです。一方で、拒み続けているとセックスレスになるケースも多い。とくに産後ですね。「産後の恨みは一生」ともいうように、育児協力をしてくれなかったことから相手を愛せなくなり、触れられるのもイヤになる傾向があると、両親学級で伝えてもらうようになりました。タイミングの目安としては、母乳育児が終わると身体が落ち着くので、スキンシップを取りやすくなると思います。 ──自分が「イヤ」な気持ちを我慢しないためにも、相手を傷つけない断り方を知りたいです。 谷口:ケースバイケースではありますが、なにがイヤなのか、どこまでならできるのか、本音を伝えられると良いですよね。あとは、相手のペースではなく、自分のペースに持ち込むのも手です。 例えば、一ヶ月の中でもホルモンバランスの関係で性欲が上がるタイミングがあります。性欲に関係するホルモンの中からエストロゲンに着目すると、生理後から排卵日にかけて分泌量が増加するため、生理終了数日後あたりから性欲が上がると感じる方は多い傾向にあります。また、排卵期以降から生理前まで再び増加するため、生理前に性欲が強くなると感じる方もいます。 そうした「今日なら大丈夫かも」と思えるタイミングを見計らって、自分主導で誘ってみるのも良いと思います。 木村:昔よりは、女性が主張できるようになり、女性側も性行為をコントロールできるのは良い傾向です。その一方で、最近では応じてもらえない相手側のフラストレーションが溜まり、中には高圧的な態度を取る人がいます。自己解決だけでは苦しいこともあると思いますし、カウンセリングは第三者が入ることで冷静に話し合えるので、うまく活用していただきたいです。 性の悩みには、昨今話題に取り上げられやすい“セックスレス”だけでなく、“気乗りしないセックス”もある。 「あるからいい」「ないからいい」のではなく、「自分と相手が、心地よいと思える状況にある」ことが望ましいのだ。今モヤモヤを抱えている人もそうでない人も、一度自らの心の声を聞きながら、どんな状況でありたいか、考えてみて。 interview&text:Yoko Hasada illustration:Joy Hikari edit:Ayano Homma