【危険な肥満症治療薬の副作用】薬物療法に頼らず瘦せられる家庭医の“良い”アプローチとは?
減量について伝えるべきこと
こうした事実の概略をT.H.さんの理解を確かめながら説明した後で、私は、T.H.さんの努力によって実際にどれだけ健康増進の成果が上がっているかに焦点を当てた(あらかじめT.H.さんに体重などの数字を話すことの許可を得た上で)。 「1年前、T.H.さんの体重は98キロ、身長は175センチ。そして腹囲は105センチでしたね」 「はい、そうです」 「今日の体重は92キロで、腹囲は100センチでした。身長は変わりません。そうすると……(電卓で計算しながら)この1年で、BMIは32.0から30.0へ、身長に対する腹囲の比は0.60から0.57へ減少しています。これはかなりの改善と言えます」 「本当ですか!」 実際、日本肥満学会による『肥満症診療ガイドライン2022』の肥満度分類では、BMI 30が「肥満(1度)」と「肥満(2度)」の境界であるし、英国の国立医療技術評価機構(NICE)の23年7月に更新された肥満症の同定・評価・マネジメントのガイドラインでは、筋肉量の多い成人を含む男女およびすべての民族のBMIが35未満の人に使用できる分類として、腹囲と身長の比率0.6以上を高度の中心性肥満(内蔵脂肪の増加)としている。だから、今回T.H.さんがBMIが30になり、腹囲と身長の比率がその境界0.6を超えて減少したことは、特筆すべき改善だ。
「良いニュース」と「悪いニュース」どちらが減量効果で優るか
実は、このように私がポジティブなメッセージをT.H.さん伝えたことには、それなりに臨床研究のエビデンスを意識してのことだ。 「患者に減量を提案する際、減量の利点を強調するフレームワーク(「良いニュース」アプローチと呼ぶ)は、過度に肥満のリスクを強調するフレームワーク(「悪いニュース」アプローチと呼ぶ)よりも優れているか?」という臨床上の疑問に答えを出すために行われた研究があるのだ。 英国イングランドの38カ所の家庭医診療所で働く87人の家庭医と246人の肥満患者との診察時の会話を録音して詳細に分析した23年発表の研究での主な結果は次の通りだ。 「良いニュース」アプローチでは83%が減量プログラムに参加したのに対し、「悪いニュース」アプローチでの参加率は43%だった。そして「良いニュース」アプローチでは12カ月経過した後の体重が4.79キロ減少したのに対し、「悪いニュース」アプローチでは2.74キロの減少にとどまった。通常、日本では3%以上の減量(100キロの人で3キロ以上に相当)を当面の目標としているので、両者の違いは大きい。 具体的なアプローチの内容は下記の通りである。 「良いニュース」アプローチは、減量のメリットを主張する、患者が取り組む負担を最小限に伝える、ネガティブなことを伝える際の事前告知を簡単にする、取り組みへの個人的な立場を尊重する、この取り組みが健康増進への良い機会であるとポジティブに伝える、など。 一方で、「悪いニュース」アプローチは、肥満症の問題を主張する、患者が取り組む負担を強調する、ネガティブなことを伝える際の事前告知を長々と話す、取り組みへの個人的な立場を考慮しない、臨床上の問題に必要な医学的解決策を列挙する(「自分の方が患者より知識が豊富である」と医療者が思っているように患者が受け取りかねない)、など。 この臨床研究がそっくりT.H.さんと私の会話と同じ条件ではないにしても、彼はその日の診察の終わりに、私に説明に対しての感謝を述べてからこう語ってくれた。 「先生、今日最初に言ってたことと違ってきまり悪いんですけど、肥満症の治療薬については、もう少し考えてからにして、やっぱりもう少し健康増進をしてからにしようかなと思えてきました」 「そうですか、それは良かった!T.H.さんはこれまで1年以上取り組んでこれたんだから、これからもきっとできると思います。繰り返しになりますが、これは良いチャンスなんです」 「そんなに励ましてもらえると照れますね。でも、もしまた『失速』したらバックアップをお願いしますね」 「もちろんです!」
葛西龍樹