アラフォー世代が左右される〝どうしようもない偶然〟「人生は転換点に満ち満ちている」物語書きたかった 作家・平野啓一郎『富士山』
「コロナ禍でステイホームになり、DV(家庭内暴力)が増えたことでつくられたサインだけど、日本ではあまり広がってないですね。誰もが知っているサインじゃないからこそ、見たとき、自分が介入すべきかどうか、判断が分かれるでしょう。そういった『性格』が現れるのも物語として面白いと思ったのです」
――まさしく「一瞬の判断」がこの男女の人生を変えてしまう
「僕は『自己責任論』が嫌いなんですよ。(不幸なのは)自分のせい、とか、努力が足りない、とか。もちろん、社会構造的に貧富の差は生まれますし、世代的な問題もあります。しかし、人生はそれだけじゃなくて、もっと『どうしようもない偶然』に左右されているのではないか。(人生を変えるような)瞬間が人生には満ち満ちているのだと思います。そんな物語を書きたかった」
――アラフォーは平野さん(49歳)より少し下の世代
「作家は、自分の年齢が上がるにつれて、作品の登場人物の年齢も上がっていきがちです。僕も『マチネの終わりに』や『ある男』のころは同世代を描くことが多かった。でも『本心』(2021年)くらいから、自分より下の世代を意識して書くようになりましたね。40代というのは、転職を考えたり、もっと違う人生があったのでは、と悩んでみたりする時期でしょう」
■自身の体験が元に…
――『息吹』の主人公は、あるきっかけで大腸内視鏡検査を受けた男が「もしも受けていなかったら…」という妄想に取りつかれてしまう物語
「これは僕自身の体験が元になっています。あるとき、めったに会わない知人から『大腸内視鏡検査を受けてポリープが見つかった』という話を聞いて、僕も受けてみようかなと。そうしたら実際に僕もポリープが見つかったのです。結構大きくて医者からは『放っておいたらガンになったかもしれない』と聞いて、ショックを受けました。もし〝めったに会わない〟知人からこの話を聞かなかったら…って。この体験がすごく生々しかった。年齢的に、周りでがんになる人もいますし、亡くなった友人もいます」