アラフォー世代が左右される〝どうしようもない偶然〟「人生は転換点に満ち満ちている」物語書きたかった 作家・平野啓一郎『富士山』
■実験性の強い短編集 ――10年ぶりの短編集 「(短編は)20代後半のころに、よく書いていたけれど、その後は長編を書いた後ごとに書いていたくらいですね。好きか嫌いか? で言えば短編は好きです。実験的な書き方ができるし、ディテールを細かく書き込まなくてもいい自由さもありますしね。でも、評価されるのは長編の方が多くて…(苦笑)」 ――次々とページをめくりたくなる作品ではなくて、そこに、ずっととどまっていたいような作品を書きたい、と 「〝ページをめくる手がとまらない…〟といった(本の)宣伝文句が多いでしょ。それに違和感があるんです。僕が本を好きになったときは〝ぐっと引き込まれて感慨に浸りたい〟〝その世界にずっととどまっていたい〟気持ちになって、むしろページはめくりたくない。短編についても『絵に描いたようなうまい』作品は好きじゃなくて、もっと思想性と実験性の強い短編を書きたいですね」 ――今回の短編集はコロナ禍のときに書いた 「(あの時期は)世界がパラレルワールドに突入し、どこに足を踏み入れてしまったのか分からないような感覚がありました。緊急事態宣言が発令されて、街から人が消えたり、飛行機が止まったり、全員がマスクをしていたり。そして人間の距離感が変わり、人と会う頻度が減った。作家によっては取材に出られなくなったり、新作のプロモーションができなくなったり…。僕は新聞連載の途中で、仕事は止まらなかったけれど、ストレスはありましたね」 ――『富士山』はコロナ禍の最中、マッチングアプリで知り合ったアラフォー男女の物語 「(アラフォーは)女性の場合『出産』を希望しているならギリギリのタイミングになりがち。それなのにコロナ禍によって『出会い』のチャンスが無くなってしまった。マッチングアプリでさえ、直接会うことが難しくなる…。僕の周りにもそのために悩んでいる女性たちがいました」 ――物語のキーになっているのが、少女の「SOS」サイン