ハイブリッド専用エンジン? アトキンソンサイクルとは
課題(2)混合気の圧縮には力が必要
さて、さっきまずいことが二つあると書いたもう一つは何か? それは圧縮に力がいるということだ。自転車の空気を手押しのポンプで入れる時のことを思い出して欲しい。気体の圧縮というのは結構力が要るのだ。膨張行程を長く採るということは(アトキンソンでは解決されているが)本来圧縮も長くなり、その分、力が食われる。エンジンが混合気(または空気)を圧縮するお仕事が増えるのだ。 かつては「混合気は与圧すると、燃焼圧力が乗数的に増えるので、圧縮に力を取られてもお釣りがくる」だから気にしないという考え方だったのだが「そうは言ってもロスはロス」だ。減らせるものなら減らしたい。実は同じ現象の表裏なのだが、圧縮比と膨張比が違えばそれは改善できる。 圧縮比の側から見た「適切な圧縮比に対して膨張比を伸ばしている」という現象は、膨張比の側から見れば「膨張比に対して圧縮比を減らして圧縮で食われるロスを減らしている」とも考えられるのだ。 そんなわけで、アトキンソンサイクルは内燃機関に革命的な新しい概念を作り出した素晴らしい理論なのだが、いかにせん実際に形にした時に重い。さらに部品の点数が増え、組み立てに手間がかかり、故障のリスクが高まる。クルマの様に常時エンジン回転数を変えて使い、そういう厳しい運転環境で高い信頼性を求められる機械には難しすぎる。そこで、この圧縮比と膨張比を変えるもっとシンプルな仕組みが求められた。それがミラーサイクルである。
よりシンプルな「ミラーサイクル」
まずは、アトキンソンサイクルで言う高膨張比のエンジンを作る。それをそのまま回せば16:1とかのノッキングでどうにもならないエンジンになってしまう。どうするか? 「最後まで空気を吸わせなければいいんでしょ?」ということで、まだ吸い込んでいる途中で吸気バルブを早く閉じてしまう手を考えた。空気入れで言えば途中で自転車から外してしまうから、後は楽々動く。そして空気もフルには吸い込まない。 実はやり方そのものは吸気バルブを早く閉じる「早閉じ」の他に、吸気バルブを吸気行程後もしばらく開けっ放しにして、圧縮の途中までダダ漏れにしておく「遅閉じ」があって、現在は遅閉じが主流だ。いずれにしても圧縮行程を全部使わないので、空気は機械的圧縮比通りには圧縮されない。 複雑なアトキンソンサイクルをなんとバルブタイミングのコントロールだけで実現してしまったのだ。これはコロンブスの卵。しかも可変バルブタイミングを上手に使えば可変圧縮比だってできる。ノックセンサーでフィードバックをかけながら常にノッキングぎりぎりの圧縮比にすることができるから効率もパワーも上がる。 しかし、現実はそんなに甘くない。先ほど「アトキンソンサイクルで言う高膨張比のエンジンを作る」と簡単に書いたが、それはミラーサイクル専用のエンジンを新たに作る話だ。エンジンは新規設計するのにめちゃくちゃにお金がかかる。そんなに簡単ではないのだ。だから実際に販売されているミラーサイクルエンジンのほとんどは普通のエンジンを改造して作られているのだ。そうなると圧縮比16:1なんて夢のまた夢で、10:1くらいの機械圧縮比しか持っていない。これを遅閉じで使ったら、本当の圧縮比は全然高くならない。 ミラーサイクルはギンギンに圧縮比を上げたエンジンで、膨張比を長くして最後の一滴までガソリンの燃焼圧力を搾り取るものでなくてはならない。そういう効率のために膨張比を変える仕組みを作っておいて、機械圧縮比が低いのでは何が目的か分からなくなる。しかし現実にそれを突き詰めたエンジンは数えるほどしかないのだ。 しかしこれは逆に考えれば、本当のミラーサイクルを作ればガソリンエンジンにはまだまだ可能性があるという話でもある。