本当に「怠慢」のせい? ヤンキース・コールがベースカバーに走らなかった理由を考察
<唯一違ったのは>
唯一の違いは、打撃後のボールのスピードである。 1回表は打球スピードが遅かった。そのため、容易に捕球でき、一塁手が一塁までの最短距離、つまり、対角線上を移動できた。ところが、5回表の打球スピードは速かった。そのため、捕球するために平行線上を移動せざるを得なかった。その結果、一塁までの移動により多くの時間を要したのだ。これは、直角三角形をイメージすれば分かりやすい。 1回表は、斜辺を移動すればよかったが、5回表は、直角の両辺(対辺と隣辺)を移動しなければならかった。この長さのわずかな差が、アウトとセーフを分けたのだ。 さて、こうした違いを「意識すべし」と、コールに言えるだろうか。その要求は酷というものだ。 コールの対応を科学的に説明してみよう。1回表のベッツの打球をどう処理したか、その記憶がコールの潜在意識に入った。直前の記憶は、すぐに再利用される可能性が高いので、意識のすぐ下に保存されている。保存されているだけでなく、待機しているとみなすのが、プライミング効果だ。この記憶は、時間の経過とともに潜在意識の奥深くに沈んでいくのだが、まだそれは起きていない。そして5回表、まさにプライミング効果が発生した。
<「シカって、10回言ってみて」>
筆者は、このプライミング効果を学生に教えるときには、必ずクイズを出す。 先生「シカって、10回言ってみて」 学生「シカ、シカ、シカ、シカ、シカ、シカ、シカ、シカ、シカ、シカ」 先生「サンタクロースが乗っているのは?」 学生「トナカイ」 と、ほぼ100%、こういう会話になる。もちろん、正解は「そり」である。「シカ」と言わせず、いきなり質問したら、まず間違えないだろう。しかし、シカを10回唱えるうちに、関連する単語(この場合は、トナカイ、バンビ、奈良など)が意識のすぐ下に集まってくる。そのため、ちょっと潜在意識をつつけば、すぐに「トナカイ」が意識に上るのである。これがプライミング効果だ。 こうした効果が人に備わっているのは、脳のコストパフォーマンスのためである。コンピューター用語を借りるなら、キャッシュ、マルチタスク、バックグラウンドプロセスといった機能と同じだ。無意識の世界で、脳内の「小人さんたち」が、一生懸命働き、意識が効率よく働けるよう、下準備をしているのだ。