公立小「子どもが1000人の大人と会う」授業の効用 若手起業家教員で注目の小泉志信先生の挑戦
「子どもたちの未来の選択肢を増やしたい」
2023年度、東京都板橋区立板橋第十小学校では、4年生の児童が1年間かけて1000人の大人と出会い、人生設計を考える探究学習「3Mプロジェクト」を実施した。このプロジェクトのリーダーが、当時教員4年目で、教員1年目に「一般社団法人まなびぱれっと」を立ち上げた小泉志信氏だ。公立小学校としてはかなり果敢な取り組みが実現したのは、新しいことに積極的に挑戦する同校の校風に加え、小泉氏の「起業家」としてのキャリアも大きな要因といえる。2024年4月、教員から転身し神奈川県鎌倉市教育委員会で勤務する小泉氏に、プロジェクトへの思い、新天地での挑戦について聞いた。 【写真を見る】プロジェクトのしめくくりは「SHIBUYA QWS」で発表を行った ――2023年度、板橋区立板橋第十小学校の「4年生の児童が1年間かけて1000人の大人と出会い、人生設計を考える」というプロジェクトは、公立小では前例のない取り組みであることから、メディアやSNSでも話題となりました。このプロジェクト立案のきっかけを教えてください。 2023年度、前任校から異動し板橋区立板橋第十小学校の4年生の担任になりました。4年生といえば、「2分の1成人式」を行う学校が多いと思いますが、「そもそも10歳の子どもたちが自分の未来を語るときに、人に語れるほどの世界を知っているのだろうか」という違和感がありました。 今、日本では、子どもの自殺が増えています。なぜ子どもたちが自ら命を絶ってしまうのかを考えたとき、“進む道”が少なすぎるからではないかと。「この道が合わなかったら、こっちに行こう」と子どもが自ら思えるようになれば、自殺しなくてすむと思うんです。 ところが、義務教育終了後、高校→大学→社会人とエスカレーター式に上がっていくことが一般的な通念として認識されているこの国は、失敗に寛容ではない風潮が少なからずありますよね。 そのため、何かに失敗したとき、「もうダメだ、ここにはいられない」と思って命を絶ってしまう子もいます。また、核家族化や共働き家庭の増加などにより、子どもたちは学校と家の往復が中心で、家族や教員以外の “知らない大人”と出会う機会が少ないという課題もあります。 子どもたちがたくさんの大人と出会う場をつくって関わり、一緒に何かを生み出すことで、自分がこれから進む道にはたくさんの選択肢があること、未来は自分で切り開いていけることを体感してほしいという思いがありました。 ――なぜ、「1000人の大人」だったのでしょうか。 コロナ禍により、地域のコミュニティーなど人と人とのつながりが薄れてしまっていることを感じていました。そんな中、これは僕の直感なのですが、「100人の大人」だけだと、子どもたちに大きな影響を与えることはできないのではないかと思ったのです。 でも「1000人の大人」と、思い切ってひと桁増やすことで、子どもたちにとってよい出会いが生まれる確率を高めることができるのではないかと。同時に、本当に1000人の大人を集められるのか、起業家でもある僕自身にとってのチャレンジでもありました。 さらに、「1000人の大人と会う」という、これまで公立小学校にはなかった革新的な取り組みに挑戦することで、教育界に何らかのメッセージを届けることができるのではないかと考えました。この事例を参考に、あとから続いて実践する学校が出てくることも想定しながら、プロジェクトを進めました。 ――総合的な学習の時間を中心にプロジェクトを進めたそうですが、4年生の1年間の学びはどのように進めたのでしょうか。 正式名称は、meet/make/mix(大人と出会う/大人と共に形にする/大人と子どもが混ざり合う)の頭文字を取り、「3Mプロジェクト」としました。1学期は「大人と出会う」をコンセプトに、大学生や起業家・アーティストなど多様な大人に人生設計をインタビューしたり、アーティストと作品を作ったりしながらその人の生き方にふれました。 2学期は、「食」「ゲーム」「林業」など10のグループに分かれ、教員の伴走のもと、企業や専門家の大人と協働しながらゲームのグループではゲームを開発したりなど、それぞれのプロジェクトを形にしていきました。 その後は、これまでの活動をふまえ、子どもたち一人ひとりが自分の人生設計図を作成。その過程においても、100人の大人を学校に集め、100組のペアを作って子どもと大人が混ざり合って人生について対話しながら思考を深めたり、100人のアーティストを呼んで子どもとペアをつくり、自分で作った人生設計を基に「未来の自分に向けて」というテーマでアーティストの力を借りながら絵で表現したりなどの授業を行いました。 ――2024年3月には、プロジェクトのしめくくりとして、渋谷にある創業支援施設「SHIBUYA QWS」で「1年間で大人1000人と出会った小学校4年生が語る人生設計発表会」を行いました。1年を振り返り、子どもたちの成長について感じた点を教えてください。 発表会の会場は学校の体育館でもよかったのですが、子どもたちにとって、非日常の空間に足を運んで発表を行うことも、大きな学びになりますよね。このプロジェクトは、「SHIBUYA QWS」が公募している未知の価値に挑戦する「QWSチャレンジ」にも採択されていたため、このような形で開催することができました。 1年間を振り返って、子どもたちの社会性は間違いなく伸びたことを実感しています。新しく出会う大人に対しても物怖じせず、自分の考えを伝えられるようになったことは、大きな成長だと思います。 加えて、このプロジェクトを通して、子どもたちが自分の未来について「○○になりたい」など職業をあげるだけでなく、「まず自分が幸せになって、周りの人も幸せにしていきたい」「挑戦することを大切にしたい」「自由に楽しく生きたい」など“自分はどう生きていきたいか”についてしっかり言語化している姿をみて、やってよかったと感じました。 さまざまな大人と関わる中で、家族や友達の大切さを再認識できた子も多かったですね。10歳の子どもたちが自らの手で作り上げた人生設計図が、今後の人生を歩んでいく中で何らかの財産になることができたら嬉しく思います。