2回の経営破綻から従業員900人へ。人口1万人の過疎地で奮闘する中川敬文の仕事術【HOW I WORK】
東京の安定を捨てて、宮崎に単身で移住したワケ
──UDSを建て直したという話もありましたが、東京にいたほうが安定した生活があったと思うのですが…。 東京でやっていたまちづくりは不特定多数の人に対して、建物ありきでした。 僕は、天邪鬼でユニークなことが大好きです。問題は地方のほうが多く、高齢化、人口減少、若者流出が3点セットで課題になっています。 僕の強みである「子どもと社会をつなぐ」を生かして、地方の過疎地で子どもを軸にしたまちづくりをしようと。 ──選択肢が多くある中で、なぜ宮崎県都農町に? ちょうどUDSを退職する前、都農町が100周年を迎えるタイミングで、未来のビジョンを描く、グランドデザインを業務として受けていました。 絵に描いた餅で終わらせることなく、それを実現することを主旨に、手触り感のある、教育を絡めたまちづくりをやってみようと。2020年に奥さんと子どもに見送られて、単身で移住してきました。
バズる必要はなし。noteとTwitterは仲間探しツール
──日頃の情報収集・インプットの仕方は? 都農町に来てから実践しているのは、発信を増やすことです。 東京とは異なり、会える人の総量が減る中で欲しい情報を得るためには、自分自身が発信し、興味を持ってもらうことが必要。その結果として得られる情報こそが、本当の情報だと思っています。 この地に来てから、noteとX(旧Twitter)を真面目にはじめたのもその一環です。 ──どんな情報を発信していますか? 脚色されていない日常を出しています。成功談やいい話はよく目にするんですが、バズることには興味がなくて、赤裸々に出しています。 僕は今の事業のプラスになる情報が欲しいので、まずはこちらの日常をわかってもらう必要があります。PVは稼げませんが、伝えたいことではあるし、その情報に興味を持ってくれた人は同じ境遇の人のはずと感じています。
仕事と私生活の切り分けはしない
──仕事をしているとオンオフの切り替えは難しいかもしれませんが、実際どうしていますか? オンオフの切り替えはあまり意識していません。自宅は、社員の仕事場やホステルでもあるので、シェアハウスのように常に人がいる状態です。農業をしている人たちにとってオンとオフの境界線が曖昧なように、僕も同じことが言えます。 自宅の庭に花を植えるのは、ゲストのためのなのか、自分のためなのか? オンオフの認識が希薄ではありますが、どちらも楽しめればそれで良いと思っています。