10年後、ほとんどのがんは治癒可能になる? ALS、SMAなどの「神経難病」にも有効なアプローチが続々の未来とは
治療のめどが立っていないがん
もちろん、治癒のめどが立っていないがんもまだあります。たとえば、膵臓がんや胆管がんです。膵臓も胆管も、CT検査や超音波検査では見えにくい位置にあり、がんの発見が難しいという性質があります。 痛みや機能障害のような自覚症状が現れにくく目立たないこともあって、気づいたときには手遅れになるほど病状が進んでいることの多いがんです。 膵臓がんや胆管がんは手術の難易度が高いことでも知られています。膵臓や胆管の周辺には重要な臓器が密集しているため、浸潤(がん細胞が周囲の組織にしみ込むように広がること)や播種(がん細胞の遠隔転移のパターン)を生じやすく、手術で正常な部分と病気の部分の分離が難しいのです。 それでもがん全体を俯瞰して見れば、現在は20世紀後半と比べて克服が進んでいることは疑いようがありません。
神経難病が克服されるのも夢物語ではない
克服に向かっている病気はがん以外にもあります。筋萎縮性側索硬化症(ALS)や脊髄性筋萎縮症(SMA)といった「神経難病」と総称される病気も治せる可能性が出てきているのです。 ALSは、筋肉を動かす神経細胞に異常が発生して、脳からの指示が筋肉に伝わらなくなる病気です。病状が進行すると手足だけでなく、呼吸に必要な筋肉も動かなくなり、最終的には死に至ります。SMAは脊髄の神経細胞の障害によって手足の筋力低下や筋萎縮が進む病気です。筋ジストロフィー症やパーキンソン病のように、神経細胞が変化して起きる遺伝性の希少疾患です。 ALSについては、ALS患者さんの細胞からiPS細胞をつくって病気を再現し、変形した神経細胞からALSの原因遺伝子を特定することに成功しています。これにより、原因遺伝子を標的とした分子標的治療の完成が期待されています。 研究開発に乗り出したベンチャーの試みがうまくいかなかった例も出ており、その方法論の確立にはまだ少し時間がかかりそうです。 他方、神経細胞がどのようなときにストレスを受けて細胞死に向かうかの究明は着実に進んでいます。米アミリックス社はそれを利用し、ミトコンドリアなどを通じた細胞死を邪魔する2つの技術を組み合わせた薬剤を開発し、2022年に米当局の承認を受け、2023年には満を持して日本法人を設立しています。 このように、ALSという長く目標になっていた難病についても、創薬アプローチ全体が病気の克服に向けた成功のコースに入っていると考えることができます。 SMAは2020年、スイスの製薬大手、ノバルティスが開発した治療薬、ゾルゲンスマが厚生労働省に承認され、2歳未満の乳幼児に対して保険で治療できるようになりました。それまでSMAを根本的に治療する術はなく、対症療法で治療するしかありませんでした。 筋肉への障害が起きる満2歳までのあいだに神経細胞の異常を補正することができれば、発病を抑えることができます。 このように神経難病においても目覚ましい研究成果が発表され、薬の開発につながっています。神経難病によって死ぬことも少なくなっていくと予想できるのです。 写真/shutterstock ---------- 奥真也(おく しんや) 1962年大阪府生まれ。医療未来学者。医師、医学博士。大阪府立北野高校を経て、東京大学医学部医学科卒。英レスター大学経営大学院卒。専門は医療未来学、放射線医学、核医学、医療情報学。東京大学医学部附属病院22世紀医療センター准教授、会津大学教授を経てビジネスの世界へ。著書に『Die革命─医療完成時代の生き方』(大和書房)、『未来の医療年表─10年後の病気と健康のこと』(講談社現代新書)、『未来の医療で働くあなたへ』(河出書房新社)、『人は死ねない─超長寿時代に向けた20の視点』(晶文社)がある。 ----------