孫正義の“むちゃぶり”から「逃げ出す人」と「耐えられる人」のシンプルな思考の違い
世間的には、孫さん(ソフトバンク)が、ワイモバイルの運営会社のイー・アクセスの株式をヤフー(当時)に買わせようとして、私たちヤフーの経営陣がそれを拒否したことになっています。でも、それは間違いです。 実際は、宮坂さんと私がワイモバイルの買収をソフトバンクに持ちかけたのです。しかし、交渉の最後の方である条件が折り合わず、やめることにしました。 孫さんも買収される前提で次の資金調達を考えていましたから、「本当に買収を断ったのか?」とかなりのプレッシャーを掛けられました。それでも、我々は「条件に合わないので買収を辞退します」とはっきりと伝えました。 よく覚えているのが、買収を断念したと伝えた僕らの前で、孫さんが「買収が消えた分の資金はどこで算段をつけるんだよ?」と、ソフトバンクの幹部と早々に内輪の話を始めたことです。 「孫さん、そういう話は我々のいないところでしてください」と私が伝えると、孫さんは「確かにそうだな」という反応でした。「君たちのせいで資金調達ができなくなったじゃないか」と責める様子ではなく、それはそれとしてすぐに切り替えて、すでに別の話に夢中でした。 私と宮坂さんが「そういう訳なので、この辺で失礼します。お金の話はそちらでしてください」と立ち去ろうとした際、孫さんが最後に「でも、君らはよく断った」と言ってくれました。おそらく、孫さんは経営者として、我々の成長を感じてくれたのかもしれません。 ● 孫正義のもとを 「去る人」と「残る人」の違い 井上 孫さんの厳しい要求に応えきれず、離れる人もいるでしょう。孫さんのもとに残る人との違いはどこにあるのでしょうか?また、川邊さんが考える、「孫さんのこの部分をきちんと理解していないと認識がずれやすい」というポイントはありますか? 川邊 その時々で、孫さんの夢がころころ変わるところですね。
川邊 坂本龍馬の有名な逸話があります。龍馬と古い友人が再会したとき、彼が短い刀を持っていたので驚いた友人が理由を尋ねたところ、「実戦で取り回しやすいから、これからは短い刀の時代だ」と龍馬は答えました。 しかし、次に会ったときは「拳銃の前では刀は役に立たない。これからは拳銃の時代だ」と言い、さらに後日、万国公法(国際法)の洋書を取り出し、「これからは法律の時代だ」とその重要性を説きました。 要するに、龍馬は会う度に違った夢やビジョンを持っていたという話です。 孫さんも同様で、前とは異なる夢を語ることが多々あります。そのため、孫さんをよく知らない人には「なぜ夢がころころと変わるのか?」と戸惑う人も多いと思います。この点をよく理解しておけば、孫さんの要求にはそれなりに対応できるでしょう。 孫さんのもとに残り続けるためには、やはり彼に対する理解の深さが必要ですね。その部分が浅いと、要求に応えられない自分に対して失望し、疲労して傷つき、自分が嫌になることもあるでしょう。 しかし、孫さんのことを深く理解していれば、「今はこういう状況だから仕方ない」「孫さんはこういう考え方をするよね」と、メタ認知で客観的に捉えられるようになります。それができるかどうかが、一つの大きな分かれ目だと思います。
川邊健太郎/井上篤夫