考え抜いて決めた「胸の切除手術」という選択 20歳の東大生が語る、トランスジェンダー男性として選んだ“生き方” #令和の子
スポーツは性と向き合う機会に 一方で、勉強では「無心になれる」
榎本さんは、3歳から高校2年生まで躰道(たいどう)を習っていた。躰道とは、沖縄の空手から派生した武道で、榎本さんは全国大会にも出場した実力者だ。だが、10年以上本気で向き合ったスポーツの世界は、性の違和感に対峙する瞬間であふれていた。 「躰道は、男女で“型”が違います。バク転やバク宙などアクロバットの練習をするときも、コツが男女で違ったりする。男性は力で止める、女性は柔軟性を生かさなくてはいけない。 女の子としての飛び方を覚えなくちゃいけないっていうのは、自分にとっては屈辱的で、上手くなるためにはアインデンティティーを否定しなくてはならなかった。心を殺して飛ばなきゃいけなくて、それにまた抵抗したくなって、わざと教えてもらった通りにやらずに何とか力で飛ぼうとしてもできなくて、痛くて苦しくて…」 真剣に向き合っていたからこそ、自分のアイデンティティーをも見つめなくてはならなくなった榎本さんは、大学受験をきっかけに躰道をやめることにした。 一方で、勉強の面白さにのめり込んでいった。 「普段の生活は、朝から晩まで常に『性別って何だろう』っていうのが頭に縛り付けられてるような状態で、もう疲れていたんですよね。そういうときに数学の問題っていいじゃないですか。無心で答えがあるものを解き続けるっていうことが、自分にとってはいい時間だった」 トップの大学を目指したのも、躰道で「ゼロからの出発でも全国レベルで頑張れる」という自信がついたからだったと榎本さんは話す。高校で出会った恩師のサポートもあり、榎本さんは東京大学に合格した。
「学び合いが力に」周囲の人たちとの関係からカミングアウトをするように
納得する形でスポーツができなかった。自分の性をなかなか打ち明けられず、周囲と距離が空いてしまったこともあった。自身の性に苦悩していた時期もあった榎本さんだが「辛くて苦しいから」手術を選んだわけではないと名言する。あくまで「胸がない方が生活しやすいから」と考えた末の選択だ。 手術費用もバイト代を貯めて用意。自分とじっくりと向き合い、手術に至るまでに時間のかかるという保険適用での手術を選んだのも、焦りやネガティブな気持ちゆえの選択ではないからだ。 そこには、周囲の人たちとの信頼関係が影響しているという。 「高校2年生くらいのときに、初めて信頼している友人にカミングアウトしたら、すごく力になってくれて。その後からどんどんいろんな人に言えるようになっていきました。伝えたことで、周囲が変わってくれたり、LGBTQに関心を持ってくれたりする。 人と人が関わって学んでいくっていうことが、すごく力だなっていうのを、高校でのカミングアウトを通して強く知りました」 2日後に迫った手術を前に、晴れやかな表情を浮かべる榎本さんは何を思うのか。 「ずっと胸っていうのが、いろんなことのきっかけだったので。そこが手術で変わるっていうのは、自分にとっては何かすごく…感慨深いところはありますね。元気な姿を見せに来てほしいっていう人たちが本当にたくさんいるので、終わって見せに行くのが楽しみです」