新人に求められる「主体性」の正体 積極的な意見がなぜか職場で怒られるワケ
何気なく使われる「主体性」という言葉。従業員の望ましい態度として、多くの企業が新入社員に期待する資質でもあります。しかし、主体性とは一体どのようなものなのか。私たちはどのような文脈で、主体性を捉えているのか。早稲田大学で講師を務める武藤浩子さんは、『企業が求める〈主体性〉とは何か:教育と労働をつなぐ〈主体性〉言説の分析』(東信堂)を2023年に発刊。会社員として主体性を発揮するとはどのような状態をさすのか、また若手社員が主体性を発揮するには、現場ではどのようなフォローや支援が有効か、武藤さんに話をうかがいました。
20年で変化した「主体性」の意味合い
――武藤先生は研究者になる以前、企業で長らく勤務されていたそうですね。 IT企業で大型コンピューターのOS開発に携わったり、教育用のITシステムをつくる会社で管理職を務めたりしました。そのまま企業人として働き続けるつもりでしたが、教育工学を専門とする先生方との共同開発を担当して、研究の世界を垣間見たことなどがきっかけとなり、大学院に進学しました。 ある日、研究の一環で授業を見学していたとき、教員が学生たちに質問を促すと、意見を言う学生とそうでない学生に、はっきりと分かれました。私はその様子を見て、質問をしない学生に「主体性がない」という印象を持ったんです。 なぜ私はその学生に対して、主体性がないと感じたのか。その場が会社で、同じような態度をとる社員がいたら、同じく主体性に欠けていると感じたでしょう。何がそう判断させるのだろうと疑問を持つうち、主体性の正体そのものに関心があると気づきました。 ――たしかに「主体性」は抽象的な概念ですね。 はい。社会では当たり前のように「主体性」という言葉が使われているけれど、どのような意味合いを持つのか、主体性を発揮するとはどういう状態をさすのか、実ははっきりしていません。さらに、企業と学校では主体性に対する認識が異なる可能性がある。それらが明らかになれば、学生から社会人への移行がスムーズになるのではないかと考えました。 「主体性」研究にあたって分析対象にしたのは、(1)経団連などが発表する求める人材に関する提言やアンケート、(2)就職四季報、(3)企業の事業部門で管理職を務める人へのインタビューです。(1)と(2)はそれぞれ、計量テキスト分析という手法を使い、「主体性」という言葉の使われ方について調べました。(3)は、業界や会社規模が異なる課長職、部長職など24人を対象に行い、主体性をどのような意味として捉えているのか、また部下に主体性を求める理由などを聞き取りしました。 ――その分析によって、どのようなことが明らかになったのですか。 まず1990年以降の経済団体の提言で、主体性に関わる言葉が頻出していることがわかりました。2010年代には少し出現率が下がったものの、主体性はどの時代でも最も求められていたと言えそうです。 また、2011年に経団連が企業に行ったアンケートでは、採用にあたって重視する素質や能力の選択肢に初めて「主体性」が登場しました。以降直近の調査まで、皆さんもご存じのように、主体性は企業が学生に求める能力として毎回トップになっています。 他方、教育界を見ると、2012年の日本の学校教育の方針を検討する中央教育審議会(中教審)の答申には、「生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」というサブタイトルがつき、主体的な学びが強調され、“アクティブ・ラーニング”という教育法が提唱されました。この頃、産学で主体性が重視される状況にあったと言えるでしょう。 また、就職四季報を対象として、企業規模や業界ごとに、学生に求める能力の変遷を分析しました。2000年頃に「主体性」を求めていたのは、主に従業員数1000人以上の大企業でした。業界によってもばらつきがあり、主体性を求めるのは情報・通信や商社・卸、製造業などと、限定的だったのです。 それが2020年頃になると大きく変化しました。企業規模に関わらず企業は主体性を求めるようになりました。また、業種を見るとマスコミを除いたすべての業種、金融・保険、建設、サービスなどでも、学生に主体性を求めるようになっていたのです。 ――企業規模や業界にかかわらず、「主体性」が重視されるようになったのですね。 そうなんです。主体性が持つ言葉の意味合いも変わってきていることが明らかになりました。2000年頃には「主体性」は、「行動力」という言葉とひもづけられて使われていました。それが2020年頃になると、「思考力」や「協調性」とともに使われる傾向が見られます。 それを裏付けるかのように、企業の管理職へのインタビューでは「自分なりに考える」ことが主体性の発露だと考えられていることがわかりました。さらに「発信する」「仕事に関して協働する」ことも、主体性という言葉に内包されています。インタビューをして驚いたのは、どの企業で働いている方も、「主体性」について同じような認識をしていたことです。やはり企業規模や業界を問わず、求められる「主体性」は同じようなものであると考えられます。 ――「主体性」が持つ意味の変化が生じた背景には、何があるのでしょうか。 この20年を振り返ると、情報化が進んで社会変化のスピードが非常に速くなりました。企業規模や業界を問わず同じような「主体性」が求められているのは、どの企業も、日本の置かれている状況や市場状況から同じような影響を受けているからだと考えています。 例えば、今の管理職が若手の頃は、企業トップが「世界最速のコンピューターを作るんだ!」と言ったら、その実現に向かってただ走り出せばよかった。つまり、どうすれば会社は利益を上げられるかが比較的明確で、目的もシンプルだった。決められた目標に向かって走れるような行動力のある人材が求められたということなのでしょう。 ところが今は、昔と同じマネジメントが通用する時代ではありません。管理職層の持つ知識やスキルも日々アップデートが求められますし、旧来の常識や価値観が成長の足かせになる恐れもある。社会変化の激しさによって、上司は部下に対して自分たちが進むべき道を示すことが難しくなっています。 そこで重要になってくるのが多様な視点です。異なる視点や経験を持つ人たちが、それぞれの立場で考え、協働しながら課題に取り組む。そうしたプロセスが必要になったため、「主体性」が「思考力」や「協調性」までも内包するように変わってきたのだと考えられます。