新人に求められる「主体性」の正体 積極的な意見がなぜか職場で怒られるワケ
「主体性」は個人だけに帰するものではない
――若手に職場で主体性を発揮してもらうためには、どのようなことに注意が必要でしょうか。 まずは若手と管理職の双方が、これまで述べてきた「主体性」に関する認識のギャップを自覚し、お互いにそのギャップの解消に努めることが必要です。大卒の新入社員なら、小学校から数えて16年間も、企業とは異なる文化圏で過ごしてきたわけです。何の説明もないまま企業文化に適応してもらおうというのは無理があります。 できれば、入社段階もしくはその前段階で、企業が求める主体性について理解してもらえる機会を持てるとよいですね。そのためには、新入社員を迎え入れる上司や先輩が主体性について考え、「主体性」の認識ギャップがあるかもしれないことを、あらかじめ意識しておくべきでしょう。 上司や先輩が、「彼ら/彼女らは新人だから、自分からは何もできない」「わかっていない」とはなから決めつけることも望ましくありません。過度な新人扱いは、「自分ができることもやらせてもらえない」「自分は評価されていない」と思わせることにつながります。新人であろうと一人の職業人として尊重し、尊敬する意識が大切です。 もし上司や先輩として、主体性や仕事の面白さについて話すことがあれば、自分の価値観を押し付けることにならないよう注意が必要でしょう。自分が面白いと思うことは人それぞれです。営業職を例にとってみると、売り上げ目標を超えることが面白いと感じる人もいるでしょう。お客さまの期待に応えて感謝されることにモチベーションを感じる人、複数の企業と関わりスキームを確立することに面白さを見いだす人もいることでしょう。 何に仕事の面白さを感じるのかは個人によって異なりますから、それを認識しておくことが重要です。 ――主体性と結びつく「仕事の面白さ」を体験するには、何が必要なのでしょうか。 管理職へのインタビューを通じてわかったこととして、彼ら/彼女らは若手の頃に「自分は何をすれば面白いと思うのか」を、メタ認知していた点が挙げられます。仕事で経験を重ねる中で、「人と会う仕事は楽しい」「気づけばいつも、業務改善策を考えている」など、メタ認知をすることで、自分にとって面白いと思えることを自ら発見していました。このように自分の仕事に関してメタ認知を働かせることは、意外と重要だと考えています。 また、主体性を発揮するには、「仕事裁量」が与えられていることを認識する必要があります。多くの仕事においては、ある程度の仕事裁量が与えられていると思います。例えば営業であれば、売り上げ目標や主な市場が決まっていたとしても、具体的なアプローチ方法は担当者に委ねられていることが多いでしょう。 自分にどんな仕事裁量が与えられているのかを認識できれば、仕事を自分が面白いと思う方向に進めたり、面白いと思う方法で行ったりできます。そしてそれは主体的に仕事をすることにつながります。逆に、仕事裁量があることを認識できなければ、人に言われたことをやるだけの、やらされ仕事になってしまいます。 しかし、仕事裁量が与えられていることについて、全員が気づけるわけではないようです。ですから、上司など周りの人が、仕事裁量があることを言葉で説明することも必要なのかもしれません。 ――どこに仕事の面白さがあるのか、自分では見つけられないこともあるのですね。 昨今のキャリア教育も、多少なりとも影響しているのではないかと思います。キャリア教育自体が問題なのではありませんが、キャリア教育においてしばしば見られる「好きなことを仕事にしよう」というメッセージが、選択の幅をかえって狭めかねないことを懸念しています。なぜならば、「好きなこと」と「仕事の面白さを見つけること」は似ているようで違うからです。 多くの学生は、ゲームや動画、アイドルなどのエンターテインメントが大好きです。だからといって「好き」なエンターテインメント業界で働くこと、あるいは自らがタレントになることが、好ましい選択なのかというと、そうとも限らない。 例えば、「本が好き」だから書籍の編集者を目指すとしても、本や原稿を読むことだけが編集者の仕事ではない。スケジュール管理や、デザイナーとの相談、印刷や製本の手配や、営業との販売戦略のすり合わせなど、関係者同士をつなぐ、ハブのような役割も担うと思います。「本が好き」でも、誰かに連絡をとるのが苦痛では編集者としてはうまくいかないでしょう。 逆に本への関心はほどほどでも、人との出会いを楽しみ、調整に面白みを感じる人であれば、編集者という仕事に面白く取り組める。人と出会い、調整をすることが求められる仕事であれば、その人にとって面白い仕事になりえる、と可能性が広がるのです。 このような仕事の面白さは、上司に言われた仕事をこなす中で、自分なりに徐々に気づきを得ることもあるでしょう。また、好むと好まざるとに関わらず、主体性を発揮せざるを得ない場に身を置くことになり、苦しさの中で自分なりの面白さを発見するということも考えられると思います。 最後にお伝えしたいのは、近年、企業で求められる「主体性」は個人だけに帰するものではないということです。「主体性」に「仕事に関して協働する」ことが含まれているのは、ある人の主体性は、他者の関わりによって決められてしまうという面があることを示唆しています。 ある社員が「発信」したことを「仕事に関して協働する」ことにまでつなげるのは、その社員だけでなく、上司や先輩たちの関わりにも影響される。発信をする社員とともに、それを受け取る側も、「主体性」を構成する一定の役割を担っていると考えられます。 企業で人材育成に関わる方々は、自分たちにとって当たり前になっている「主体性」を捉え直し、「主体性」の意味について学生や若手社員と共有することによって、「主体性」の認識ギャップを解消していく。このようなことから始めてみてもいいのではないでしょうか。
プロフィール
武藤浩子さん(早稲田大学 教育・総合科学学術院 非常勤講師) むとう・ひろこ/早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。大学教育学会・学会奨励賞受賞(2021年度)。東京大学高大接続研究開発センター特任助教を経て早稲田大学非常勤講師。著書に『企業が求める〈主体性〉とは何か:教育と労働をつなぐ〈主体性〉言説の分析』(東信堂)がある。