【デミ・ムーア 】ルックス主義の運動依存、年の差婚のどん底から、「整形中毒」の怪演でオスカー候補へ【SPURセレブ通信】
落ち目の中年ハリウッドスターが、若返りの秘薬を飲んで暴走していく……この役柄そのままの有名俳優が演じるとなるとスキャンダラスだが、デミ・ムーアはやってみせた。自身がインスピレーションとなった主演映画『The Substance』(日本公開2025年5月予定)での怪演によって復活を遂げ、60代となった現在、映画ファンから「アカデミー賞を獲得すべき」と叫ばれるほどの熱風を形成している。 【写真】体型への執着、アルコール依存症、薬物依存……波乱の人生を送ってきたデミ・ムーア ■波乱の人生 デミ・ジーン・ガイネスとして1962年アメリカに生まれた彼女の人生は、まさに激動の悲劇であった。生物学的父親は10代で妊娠した母親を捨てており、のちにデミを誘拐する騒動も起こしたという。育ての父が転職を重ねたことで、引越しを約50回繰り返すなど、非常に不安定な少女期でもあった。 ローティーンの頃よりアルコール依存症の母親の自殺未遂を止めたりしていたデミは「親の親」のような状態であった。両親が離婚してカリフォルニアに移った15歳のとき、決定的な被害が起こる。家によく来ていた母の友人男性が15歳の彼女に性暴行をはたらき「500ドルで母親に売春させられる気持ちはどうだ」と口撃したのだ(後年、デミは母親の関与説を嘘と推定しながら、加害者と二人きりにした保護者としての過失を問題視した)。 16歳になったデミは、高校をやめて家を出て30歳近い彼氏と同棲を始める。成人だと嘘をついて日本向けにヌードを撮らせたことで、モデルの仕事も手に入れた。ここで友人になった西ベルリン出身俳優ナターシャ・キンスキーのセリフ読みを手伝ったことで、演技を志すようになったと語っている。 18歳になると、年上のロック歌手フレディ・ムーアと結婚したものの、真摯な関係とは言えず、5年で離婚している。仕事はのぼり調子だったが、19歳で出演した映画の撮影で滞在したブラジルでコカインを大量接種してしまう。飲酒をふくめた依存状態となったが、出世作『セント・エルモス・ファイアー』(1985年)制作陣のサポートにより、ドラッグとアルコールを断った。 ■運動依存、体型への執着 1990年代はデミ・ムーアの時代だった。恋愛映画『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990年)が大ヒットし、95年ごろには最も高給なハリウッド女性俳優となったのだ。タフさと繊細さをあわせ持つデミは、役のために露出もするセクシーアイコンでもあった。 この頃から、体型への執着が激化したという。当時結婚していた俳優ブルース・ウィリスとの第二子を妊娠していた1991年、妊婦ヌードを披露して話題になったものの、本人としては容姿に自信がなかったからこそのチャレンジだった。出産直後『ア・フュー・グッドメン』(1992年)での海兵隊員の役づくりに励んだことで、トレーニング(運動)依存となり、摂食障害をわずらっていった。 高給の立場も不利に働いた。女性としてギャラ交渉を行っていたことで「わがまま」だとバッシングを受けたのだ。頭を剃って挑んだ『G.I.ジェーン』(1997年)の興行が期待はずれとなった1990年代末、娘のヌードをパロディするなど問題行動を繰り広げていた母親を看取ったデミは、結婚13年目でブルースと離婚し、三人の娘の子育てのためハリウッドから遠ざかった。 ■年の差婚からどん底へ 2000年代初頭、40代になると、16歳年下の俳優アシュトン・カッチャーと恋に落ちた。年の差恋愛によって青春をやり直している気持ちに浸っていたという。しかし、2005年に結婚したのち、流産を経験し打ちのめされたことで、状況は悪化してしまう。若きアシュトンに「楽しい彼女」と思ってもらいたかったゆえに、彼が望んだ3Pを受け入れ、さらには禁酒までやぶってしまった。彼女のアルコール依存症が悪化し、アシュトンが複数回不倫をしたことで、2011年ごろ、三度目の結婚生活に終止符が打たれた。 50歳を目前に、人生はどん底に陥った。ブルースと娘たちとも疎遠になり、深刻な薬物依存に陥っていったのだ。2012年には、娘も同伴したパーティーでドラッグを摂取したことで病院に運ばれている。その後、占い師に頼っていったというが、延期していた回顧録の執筆を求められたことで、過去と向き合うことになった。激動の人生を本にすることでトラウマを受け入れ、子どもとの関係も改善。 60代となった2024年現在は「人生で一番独立している」状態として、9匹の犬と暮らしながら、前頭側頭型認知症を発症した元夫ブルースとも交流をつづけている。 ■自己を追いつめるルッキズム・ホラー 人生の転機となった回顧録『Inside Out: A Memoir』(2019年)に注目したのが『REVENGE リベンジ』(2017年)を手掛けたフランス人監督のコラリー・ファルジャ。彼女がとくに関心を持った部分は、美しい身体のため、過度な運動と飢餓で自身を追い込んでいく拷問的ルーチンであった。 こうして、ボディホラー『The Substance』が生まれた。デミが演じるのは、元俳優として人気エアロビトレーナーになったものの、50歳になった瞬間クビにされてしまった主人公。劇中、闇市場の薬に手を染めると、若く美しい「もう一人の自分」が誕生。50歳と20歳のボディを行き来しながら、ふたたび芸能界でなりあがっていく。 いわば美容整形依存を想起させる役によって称賛を集めたデミは、警鐘を鳴らす。ハリウッドスターとしての彼女の物語、そして今回の役柄は、世のルッキズムのプレッシャーを反映している。しかし、当人にとって、もっとも恐ろしいこととは、理想の容姿のため自分で自分に行っていった残酷な暴力なのだという。彼女いわく、自己像に対する完璧主義と不安の問題は、女性のみならず男性にもあてはまる。だからこそ、ショッキングな描写が多い作品にもかかわらず、幅広い層に響いた演技になったのだろう。まさしく、デミ・ムーアにしかできない役だ。 【辰己JUNK】 セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)