「4組に1組のカップルがDV当事者」の時代に企業がDV被害者支援をする意味
DVは見えにくいけれど、すぐそばにある問題
DV被害者にとって本当に役立つ支援とは何か。 日本企業では当時前例がなかった制度だけに、制度づくりは手探りの状態からのスタートだった。NPOなどのDV被害者支援を行う団体は日本全国にあり、相談事業やシェルター運営、警察への同行支援などを行なっている。高畑さんらのチームはDVの専門機関にヒアリングをすることから始めた。 ところが、支援団体の中には、加害者に特定されないようシェルターの住所や電話番号を非公開にしていることがある。 「さまざまな機関をたらい回しにされようやく支援団体にたどり着いても助けを求めている当事者だと勘違いされたり、調査を装ってDV被害者を探そうとする加害者だと疑われたりしたこともありました」 DVは暴力によって相手を思い通りにしたい・支配したいという欲求から起こる。初めは支配的な言動や行動管理などから始まり、それが積み重なって暴力がエスカレートしていく。ヘルシーな関係であれば、話し合いで別れることもできるが、それが難しいのがDVだ。被害者を監視したり、孤立させようとするのも加害者の特徴の1つ。DVの問題は非常にセンシティブで複雑。社会から見えにくいからこそ、認識もされにくい。 DVについて学ぶうち、高畑さん自身の考え方も大きく変わっていった。 「例えば、 “交際相手に求めること”をルールとして決められて、守れないとすごく責められるというようなことは意外と身近にある話ではないでしょうか。嫌だと思うことを交際相手から強要されたり、行動制限をされたりする時点で本当はアウトなのに、なんとなくやり過ごす社会の雰囲気がいかに自然に存在しているか。以前はDVはどこか自分とは距離のある世界で起きていることのように感じていましたが、ごく身近に存在するものという意識が強くなりました」
世界基準では企業にもDV対策を求めている
制度設計では、社内調整も必要だった。 「経営層には経営層の、人事には人事の、法務 には法務の見解があり、複数のステークホルダーが関わる案件なので、それぞれが重視すべきことも担保できるような設計が必要になります。制度化までには、社内での議論やリスク検証 などを半年ほど続けました」 グローバル企業だからこそ、国際基準にも目を向けた。 DV対策の世界基準としては、欧州を中心に45カ国以上が批准する「イスタンブール条約」や国際労働機関(ILO)の「職場における暴力およびハラスメント撤廃条約」があり、「加盟国にDVを犯罪とするか、少なくとも罰を与えることを求める」という内容や「家庭内暴力が仕事の世界に影響を及ぼすおそがあることに着目し、事業主等にもDV被害者支援に取組むことを求める」といった内容が盛り込まれている。 「DV対策においては、日本企業は世界基準にまだまだ達していませんが、今後は企業にさらなる対策が求められる潮流が予測されます。ESG(環境/社会/ガバナンスの頭文字を合わせた言葉)や人的資本経営の重要性が高まる中で、会社としてもDV対策において何かやらなければならない時にきている。この点では経営層も共通認識を持っていました。同じ方向を向いて進めていけたことが制度実現を後押ししたと思います」 ◇では制度を作ってからどのように企業が変化したのか。後編「「暴力に対する沈黙は加害と同じ」 “DV被害者支援制度”を作った企業が見た別の景色」にて詳しくお伝えする。
及川 夕子(ライター)