「格ゲーみたいにしたい」…会長のひと言で ニコ生担当者が明かす将棋の“AI評価値”秘話
2000以上あった評価値が一気にマイナスに。 画面は「あああああ」というコメントの文字で埋め尽くされた。 実は人間同士の対局中継で月田は、評価値を画面に出しっ放しにしない。 普段は棋士の姿と盤面だけを見せておいて、ここぞというタイミングで評価値と評価値バーを表示する。 それは将棋番組を面白く見てもらうための、演出的な狙いだった。 「将棋のような長時間の生放送をやる上では、緩急が重要だと思ってるんですね。フラット(平坦)な状態の中に臨時ニュースが突然入るように、それまでの棋士の解説とはかけ離れた、AIによる『第3の意見』みたいなのが入って解説者も驚いたりする、そういうところを意図的に作って視聴者の興味を引く番組作りをしていた。だから評価値がガクンって行ったり来たりするだろうところも全部予測して、表示するしないの判断は狙ってやっていました」
2人の戦いはその後、二転三転するが、再び藤井にミスが出て形勢は決定的となった。 155手目の局面、満を持して評価値が表示され、藤井「-2488」が「-9999」へと変わる。 藤井側の玉が詰まされる、とAIが判断したのだ。 負けを悟った藤井が脇息(ひじかけ)に突っ伏す。 画面はふたたび「あああああ」のコメントで埋め尽くされ、解説棋士の中村太地(八段、当時は王座)が「これは確かに泣きたい…」とつぶやく。 評価値表示がドラマチックな結末を最大限盛り上げた中継だった。
「棋士が自分の演出に付き合ってくれる」幸せ
月田がAIの評価値や読み筋を出しっ放しにしない理由はもうひとつある。 「AIの指す手が正しいという前提になってしまうと、逆に、その手を指さなかった棋士が『外しちゃったんだ』とか何かミスをしたと見られてしまう。棋士に関してネガティブに映ってしまう可能性がある」 月田は将棋アマチュア三段の実力者でもある。 自らの判断で、ここで評価値や読み筋を出しても棋士をおとしめることにはならないという時にだけ表示する。 そこにあるのは棋士への深いリスペクトだ。 岡山県で青春時代を過ごした月田。 中学3年生で将棋と出会い夢中になった。だが岡山では周りにプロの棋士もおらず、基本的な情報は将棋の本や雑誌で集めるしかなかった。 東京に出て、テレビの制作会社を経て2011年夏にドワンゴに入社。 わずか数カ月後、ニコ生が将棋中継を始めることになり、月田がその担当を任された。 そこで、本や雑誌の中でしか知ることのなかった棋士たちと直接会うことができるようになった。 「感覚的には、大好きな本を書いた小説家の先生と会えたみたいな感じなんですね。すごく遠い存在だったのが、解説のために来てくれて、さらには僕の演出につきあってくれて、将棋の話だけじゃなくて雑談も含めて一緒に番組を面白がってくれた。個人的にはそれがすごく嬉しかったですね」 単なる解説者ではなく、一緒に番組を作ってくれる棋士。 「すべての先生に対してそういう尊敬の気持ち、一緒に番組を作ってるぞ、という幸せがずっとありましたね。この仕事ができて幸せだったなっていう感じですね」
そんな月田が開発したAIの評価値表示が、人間同士の対局で初めて使われてから11年。 「絶対王者」藤井聡太に佐々木勇気(八段)が挑む第37期竜王戦七番勝負は、19日に第2局が始まった。 ABEMAの中継ではもちろん、画面上にAI評価値が「勝率」の形で表示されている。 終盤、その数値が激しく揺れ動いて視聴者が一喜一憂する場面が訪れるかもしれない。 「コンピューターの思考が知りたい」から始まって、将棋中継をより楽しく見てもらうために進化を続けた「評価値表示」。 開発者である月田がリスペクトしてやまない棋士たちの真剣勝負を、これからも大いに盛り上げていくに違いない。
テレビ朝日報道局 佐々木毅