慶大・清原正吾が野球をやめる決断 まずは就職浪人の見込み「未知の世界に飛び込む興味ある」
慶大・清原正吾内野手(4年=慶応)が野球をやめる決断をした。オファーのあった独立リーグなど9球団に対し24日朝、堀井哲也監督(62)を通じて断りの連絡を入れた。清原本人も「今後は野球の道ではなく、新たに目標を持ち、社会に出る準備を」と声明を出し、まずは就職浪人となる見込みだ。プロ通算525本塁打を誇る清原和博氏(57)の長男は家族への恩返しを果たし、バットを置いた。 ◇ ◇ ◇ 偉大な挑戦が終わった。清原ジュニアは「父のため、家族のため」と6年間のブランクを経て硬式野球に挑み、4番打者として今秋は神宮で3本塁打を放った。「どれもが自分を成長させてくれる貴重な経験ばかりでした」と感謝した。 ドラフト指名がなく、やがて迎えた早慶戦の前日。「最後の練習なので後悔せずに出し切りたいです」と、写真撮影を辞退して朝7時から汗を流した。父も含めた大観衆の早慶戦でアーチを架けても“最後”の決意は覆らなかった。慶大グラウンドで自主トレする4年生もいる中、清原はすでに退寮も済ませた。 野球部を通じての声明では「野球の道ではなく、社会に出る準備を」とした。海外留学などにも興味を示しながら、基本的には就職浪人の立場になる見込み。本人はかねて「新しいことへの挑戦は本当に大好き。未知の世界に飛び込む興味はあります」と話しており、野球関係者たちも「どんな業界を選ぶのか楽しみ」と声をそろえる。 人生の芯はある。この春に「10年後、20年後の清原正吾像は?」と問いかけられた。迷わず答えた。 「両親の背中をずっと見てきました。2人も表に立つ仕事で、周りの方々から応援していただける人でした。僕も将来、応援される人になりたい。もっと人間力を身につけて、唯一無二の人生を歩みたいです」 弟に清原家の夢を託し、また堂々と道を切り開く。【金子真仁】 ◆清原正吾(きよはら・しょうご)2002年(平14)8月23日生まれ、東京都出身。慶応普通部(中学)ではバレーボールに、慶応高(神奈川)時代はアメリカンフットボールに挑戦。今秋リーグ戦では3本塁打した。弟の勝児(慶応高3年)も慶大野球部への入部を志す。186センチ、90キロ。右投げ右打ち。