ブリットポップに乗ってイメージアップ、選手はセレブ化。転換点は1990年ワールドカップ 【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生③】
▽タブロイド紙賑わすスター選手 1996年にはイングランド代表が地元開催の欧州選手権でベスト4に躍進。円熟味を増したガスコインらを擁したチームは1990年W杯と同じく準決勝でドイツ代表にPK戦の末に敗れたが、大会前にブリットポップ・バンドの一つ、ライトニング・シーズが作曲した応援歌「スリー・ライオンズ」が全英チャートで1位を獲得する大ヒットとなった。 売り出し中だったマンチェスター・ユナイテッドのデービッド・ベッカムやリバプールのジェーミー・レドナップが人気アーティストとの交際でタブロイド紙を賑わせ、アイドル的な要素を備えていたリバプールの若手選手をメディアは人気絶頂だった女性グループ「スパイス・ガールズ」にかけて「スパイス・ボーイズ」と呼んでもてはやした。 ▽プレーの質向上、セリエAを追い越す勢いに サッカー界に華やかなイメージが広がり、新たな時代に突入したことをルソー氏も肌で感じていた。それまで全く縁のなかった男性誌のGQやエスクワイアに取り上げられ、有名ミュージシャンのライブに招待されて音楽界との交流も楽しむなどセレブの世界に足を踏み入れた。
選手同士でロンドンの繁華街で食事をすればパパラッチの標的となり、娘が生まれた時には自宅の前にカメラマンが待ち構えていたという。「ある日(高級ブランド通りの)スローン・ストリートのプラダで買い物をしていたら上品な貴婦人に声をかけられ、サインを求められた時にはサッカー界が確実に変わったことを実感した」と述懐する。 注目度とともに選手のステータスが上がると、プレーの質も高まり世界最高峰だったセリエAなど周辺国のリーグに人気、実力とも追い越す勢いをつけていった。