〈トランプの保護主義は正しい。しかし…〉トッドが語る米国産業が復活できない理由「優秀で勤勉な労働者の不足はすでに手遅れ」
だからこそ米国では、高学歴者ほど、産業やモノづくりの就職につながる科学やエンジニアの分野ではなく、抽象的な通貨記号であるドルという富の源泉に近づくために、金融や法律の分野に進んでいます。 「保護主義の理論」に対する無理解とドル覇権を維持する態度は、トランプの経済政策が失敗に終わる兆候です。高学歴者たちの進路選択、ひたすらドルという抽象的な貨幣にこだわる姿勢、ドル覇権を何としてでも維持するという意思は、トランプ個人の失敗だけでなく米国自体の失敗でもあります。
トランプの過大評価
人々がトランプを歴史的要因として過大評価しているように感じます。まずトランプの当選を選挙民たちによる一つの「躍進」「快挙」と見ようとしました。しかし実際のところ、今回の選挙でのトランプの得票数は、前回負けた時とそれほど変わりません。トランプは評価された、選挙に勝つことで歴史的人物として評価された、と人々は考えていますが、今回起きたのは、トランプに対する新たな熱狂ではなく、民主党支持層の崩壊、敵陣営の信頼の失墜です。 また今回トランプが勝利したのは、前回とは大きく異なる国際情勢においてです。米国が史上最も重大な戦争、すなわちロシアとの戦争で敗北しつつあるなかで国家のトップに就いたのです。つまりトランプは、産業面でも、軍事面でもロシアにコケにされる国の大統領なのです。ロシアは、西洋諸国全体よりも大量の兵器を効率的かつ迅速に製造できる生産力を見せつけました。人々は、トランプの今回の勝利を前回と比較し、「今回、トランプは真の躍進を遂げた」と語っていますが、真実ではありません。 現在トランプは、米国の国家機関を真に掌握しようとしています。上院も下院も共和党が過半数を押さえ、最高裁も支配下に置き、スーパーパワーのトランプ大統領が登場しつつあり、ロシアとの交渉に乗り出し、世界中で「米国の敵」を選定しようとしています。 しかし現実はどうか。歴史的に見て、「トランプは敗北の大統領になるだろう」と私は確信しています。彼の大統領としての役割は、ロシア、さらにはイランや中国に対する軍事上の敗北、産業上の敗北を、要するに「世界における米国覇権の崩壊」をいかにマネジメントするかにあります。これは、トランプ自身が望んだこと、選んだことではなく、世界がトランプに強いていることなのです。(訳・文藝春秋編集部) ※このインタビューの動画は、「文藝春秋Plus」にて2025年1月上旬に配信予定です。 【「 文藝春秋 電子版 」では、トッド氏の最新対談をお読みいただけます】 E・トッド×成田悠輔「日本は欧米とともに衰退するのか」 トランプ再選と英国政治の混乱は「西洋の敗北」の始まり。はたして日本は…… 「ウクライナ和平交渉は“可能”でない上に、“必要”でもない」と歴史人口学者・トッドが断言するワケ へ続く
エマニュエル トッド/文藝春秋 電子版オリジナル