〈トランプの保護主義は正しい。しかし…〉トッドが語る米国産業が復活できない理由「優秀で勤勉な労働者の不足はすでに手遅れ」
「究極の要因」としてのプロテスタンティズムの崩壊
この戦争を分析して、ロシアが勝利するだろう、と私は確信したわけですが、本書の真のテーマは「ロシアの勝利」ではなく「西洋の敗北」です。すなわち「米国」を含む「アングロサクソン世界」の「内部崩壊」です。英国に対して残酷な章があります。米国には3つの章を費やして、いまやフィクションでしかない「米国の経済力」を始め、「米国のパワー」がいかに幻想でしかないのかを描いています。 そして、その衰退の「究極の要因」として、宗教的要素、すなわちプロテスタンティズムの崩壊を指摘しました。このプロテスタンティズムこそが、世界に君臨する英米を支えてきたのです。そのプロテスタンティズムが崩壊し、「宗教ゼロ状態」に至ることで、道徳面、教育面、知性面での「退行」が起こりましたが、こうした「退行」が、結果として、ウクライナ戦争での米国の「無力さ」「失敗」「敗北」に繋がっています。
2つの「西洋」とは?
この本では2つの「西洋」を語っています。「広義の西洋」と「狭義の西洋」です。まず軍事的観点や覇権主義の観点から見ると、「西洋」とは「米国の支配圏」です。欧州と極東、とくにドイツと日本を含みます。他方、文化面――すなわち価値観、権威や不平等や民主主義への態度――から見ると、日本とドイツは米国と大きく異なります。これは「家族システム」の違いに由来しています。 「狭義の西洋」とは、もともと「自由主義(リベラル)」という政治的価値観によって規定された「西洋」で、英米仏からなります。「西洋の敗北」とは、究極的には、これまで世界を支配してきた「自由主義的(リベラルな)西洋」の崩壊を意味しています。米国が世界各地で引き起こしている「戦争」や「紛争」とは何を意味しているのか。私はこう見ています。ドイツや日本のような国々を支配し続けるためにこそ、米国はこうした国々を戦争や紛争、とりわけロシアとの戦争に巻き込んでいる、と。
真の脅威はロシアではなく米国
なぜ私はこの本を書いたのか。まず「歴史の現実」を理解したい、という歴史家としての思いからです。私は長年研究を続けてきましたが、その成果を一冊の本にまとめて、いま起きている危機を理解することは、研究者としての喜びです。同時に、「西洋の一市民」として書いた本でもあります。私は西洋人であり、フランス人です。事態の鎮静化に貢献するために、「真の脅威はロシアではなく米国であること」を米国の同盟国や従属国の人々に明らかにしようとしました。ロシアは安定化に向かっている国で、「主権」という考えに基づいて、自らの政治的空間の保全を目指しているだけなのです。世界の中心にあって崩壊しつつある米国は、我々すべてを吸い込もうとしています。つまり、EUの敵は、ロシアではなく、ますます危険な方向へと我々を引きずり込もうとしている米国なのです。