〈トランプの保護主義は正しい。しかし…〉トッドが語る米国産業が復活できない理由「優秀で勤勉な労働者の不足はすでに手遅れ」
保護主義は正しくとも、産業を担う優秀で勤勉な労働者がいない
――2024年のアメリカの大統領選では、ドナルド・トランプ氏が当選しました。さっそく「関税を引き上げるぞ」という発言を繰り返していますが、これをどう見ていますか。 トッド 私は基本的に保護主義に賛成です。ですから、第一次トランプ政権の保護主義に(全面的な賛同ではありませんが)肯定的でした。しかし実際、保護主義政策はトランプが始めたものではなく、オバマ政権時にまで遡れますし、バイデン政権も保護主義政策を引き継ぎました。自国の産業を守るには、ある程度の保護主義が必要なのです。 しかし問題は、保護主義政策が効果をもつには、輸入品に関税を課すだけでは不十分であることです。「優秀で能力があり勤勉な労働人口」が必要なのです。私が見るに、米国はすでに手遅れです。この本では、米国のエンジニア不足を指摘していますが、問題の一部にすぎません。技術者や質の高い労働者も不足しています。トランプの高関税から実際に「利益」を引き出すには優秀な労働力が必要なのに、今日の米国はこうした労働力を欠いているのです。すると、トランプの高関税は、実際には供給の困難、生活水準の低下、インフレの悪化など、さまざまな問題を引き起こすだけでしょう。私はこの分野の専門家ではありませんが、労働力の劣化がもはや不可逆な状態にある以上、トランプの保護主義は失敗するだろうと見ています。
米国の国内産業の復活を妨げているのは「覇権通貨ドル」
「経済を守れ!」「産業を守れ!」「国内でモノをつくれ!」と繰り返すトランプは、ある意味、優れた直観の持ち主ですが、「保護主義の理論」をきちんと理解できていない。数日前にトランプが(米ドルに頼らない「脱ドル」を進めれば、加盟国に100%の関税をかけると)BRICSを脅迫して「ドル覇権」を死守しようとした時に、そのことが露わになりました。むしろ米国の国内産業の復活を妨げているのは、この「覇権通貨ドル」なのです(ある国の天然資源の豊かさは経済の他の分野の発展を妨げる力にもなることを「オランダ病」と言いますが、米国はいわば「スーパーオランダ病」に苦しんでいるわけで、経済を阻害する「天然」資源は、ここではドルです)。「ドル覇権」が「抽象的な記号でしかない通貨記号(=ドル)」と「外国からのモノ」との交換を可能にしているのです。