旅行ガイド『るるぶ』、安心の羅針盤 初心者向けに軸足 JTBパブリッシング 『るるぶ』(上)
「失敗したくない」ニーズを先回り
巻頭を占める特集の比重が大きいのは、読み手の高揚感を誘う。その年の目玉的なスポットや話題性の高いテーマを取り上げて、今、そのエリアを訪ねる意味を示す効果がある。ただ、全体のページ数には限りがあるので、新規の特集を盛り込めば、前回版のどこかを削る必要が生じる。「全体の情報量は落とさないで、めりはりをつける取捨選択が編集者の腕の見せどころ」(永島氏)になる。 旅人を取り巻く状況の変化が編集に影響を与えることもある。例えば、宿情報。かつてガイドブックでは宿泊先の案内に重きが置かれているケースもあった。好みの泊まり先を探すのは一苦労だったからだ。しかし、インターネットの普及以降は個人でも宿泊先の情報を得やすくなり、ガイドブックに占めるページ数は減る傾向にある。 近ごろの旅行者からは「失敗したくない」という気持ちを感じることが増えたと、永島氏は心理の変化を読み取る。社員旅行や団体旅行が減る半面、個人手配が多くなり、自分の判断を裏付ける手がかりとしてガイドブックを頼るケースが増えているようだ。 ネット情報は分量が多い一方で、宿や飲食店の公式ホームページには手前みその美辞麗句が躍り、期待を裏切られるリスクをはらむ。旅行情報サイトも広告色を帯びている場合があり、読み手側の目利きが試される。初心者にはいささかハードルが高い。 その点、『るるぶ』の編集記事は独自に構成しているので、「自信を持っておすすめしている」(永島氏)。現地取材にあたっては宿泊費の提供といった無償の便宜を断っているそうだ。編集記事と広告情報のあやふやな混在を避けやすい点はネットとの違いであり、読者の安心感につながっている。 1997年に『るるぶ鳥取』を発行して、全都道府県の制覇が実現した。2020年には「知る・つくる・学ぶ」を新機軸に据えた。コロナ禍の前から旅行スタイルが変わり始めていて、名所旧跡で記念写真を撮っておしまいといった、旧来の物見遊山的な旅行ニーズがしぼんで、「自分なりの目的意識を柱にプランを組み立てる旅行者が増えた」(永島氏)という。 ネット情報を頼り、グーグルマップを使う旅人が増えて、ガイドブックは存在意義を問われているが、『るるぶ』は健在で、JTBパブリッシングの各種事業も幅を広げている。ネットの普及が始まった当時、真っ先に消えると予言された旅行ガイドブックが滅びを免れ、むしろ関連ビジネスを勢いづかせているのはなぜなのか。後編では『るるぶ』の多彩な横展開を取り上げる。