京都の伝統工芸はなぜ「絶滅の危機」に瀕しているのか:職人70人以上にヒアリングしてわかったこと(前編)
きっかけは海外で直面したコロナ禍
その前に、筆者がなぜ伝統工芸に興味を持ったのか、時は2019年10月にまで遡る。当時、筆者は会社を2年間休職し、海外に留学し始めたばかりの頃だった。留学をした人なら同様の経験をしたことがあるかもしれないが、日本は海外では好奇心をくすぐる国らしく、同級生や現地の人から「日本ってどんな国なんだ?」「日本の文化、特に精神性を教えてほしい」「忍者は今の時代にもいるのか?」など、多種多様な質問を受けていた。 日本に関する理解があまり浸透していないことに愕然とした一方で、最もショックだったのは、自分がそうした問いに何も答えられなかったということだ。折角自分の国の文化に興味を持ってもらったのに、貰った質問に何も答えられない。こちらが相手に質問すれば、その国の歴史や文化についてしっかり答えが返ってくる。その多くは、自分よりも若い人だった。「私自身を含め海外に暮らす日本人がこの体たらくでは、そりゃ、忍者が今もいるって思うだろうな」と悔しい思いをした。 ただ、「自国の文化を知る」というのは決して簡単ではなく、地道な学習の積み重ねである。当時留学していた国は、在留日本人の数も多くなく、文化を学ぼうにも教材もなければ先生もいないという状況だった。 そのように心の中にしこりを感じながら生活をして数カ月後に世界を揺るがす大事件が起きてしまった。新型コロナウイルス禍である。筆者が住んでいた国もロックダウンやその他の措置で移動もままならなくなり、ずっと家の中で過ごさざるを得なくなった。しかも、更に悪いことに、ウイルスの流行がアジア発だったこともあり、からかわれる、石を投げられる、唾を吐かれる等露骨なアジア人への嫌がらせに遭遇し、「一体自分は何なのだろう」と自問自答することとなった。 結局一時帰国を選び、留学は中断し暫くは日本で暮らすことになったのだが、勉強がなくなった分暇な時間ができてしまったので、「時間があるうちに時間がかかりそうなことをしよう」とコンプレックスに感じていた日本の文化を学びなおそうと決意した。当初はインターネットで調べ物をしたり、図書館で伝統文化についての本を借りたりしていた。しかし、文章だけでは全く頭に入らない。世間では感染者が急増して文字通りの大パニック状態で、緊急事態宣言などが繰り返し発令されて移動の自由も制限されていたが、その合間を縫って文化の都である京都を訪れ始めた。 京都を選んだのも、漠然と「京都=伝統文化」の方程式が脳内に出来上がっていたからである。ただ、京都に何か伝手があるわけでもなく、前回訪問したのは大学時代の卒業旅行。他2回も中高の修学旅行のみである。「まあ、時間もあるし、1週間くらい京都でも見学してみるか」位の気持ちでいたのが、その3年後には文字通り毎週通うことになるとは夢にも思っていなかった。