羽生善治も絶賛「チェスよりも圧倒的にいい」…日本の将棋ソフトが巨大資本のチカラなしに「飛躍的進化」を遂げた意外な理由
「iPS細胞技術の最前線で何が起こっているのか」、「将棋をはじめとするゲームの棋士たちはなぜ人工知能に負けたのか」…もはや止めることのできない科学の激動は、すでに私たちの暮らしと世界を変貌させつつある。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 人間の「価値」が揺らぐこの時代の未来を見通すべく、“ノーベル賞科学者”山中伸弥と“史上最強棋士”羽生善治が語り合う『人間の未来AIの未来』(山中伸弥・羽生善治著)より抜粋してお届けする。 『人間の未来AIの未来』連載第2回 『「ハエの触角に目ができる」…!? かつてクローン技術の最前線で行われていたヤバすぎる「裏の研究」』より続く
将棋ソフトはいかに進化したか
山中将棋のソフトは、チェスや囲碁とは違う進化の仕方なんですか。 羽生そうですね。チェスや囲碁の世界は、ハードの力とデータの量に重きを置いて、グーグルなどの大企業がソフトを開発して強くしてきました。それに対して、将棋の世界の場合、ソフトの開発に巨大資本が入ってきませんでした。将棋ソフトは、2005年に保木邦仁さんが開発・公開した当時の最強ソフト「Bonanza」(ボナンザ)がオープンソースになり、それを土台にして個人プログラマーが改良、修正を加えて進化させてきました。 山中改良、修正とは、具体的にはどういう作業なんでしょう。 羽生プログラムを洗練させて強くするに際して一番難しいのは、正確に局面を評価させることなんです。「評価関数」と言って、一つの局面を見た時に、先手と後手どちらが有利か、数値化するわけです。ここでプログラマーが切磋琢磨して細かい修正を重ね、ソフトは強くなっていきます。 山中ここ数年、将棋のソフトが急激に強くなっているのは何か理由があるんですか。
将棋ソフトは「強すぎて誰も買わなくなった」
羽生「ギットハブ」(GitHub)というサイトがあるんです。ギットハブはソフト開発プロジェクトのための共有ウェブサービスです。将棋ソフトはほとんどがギットハブに載っており、オープンソースなので、誰でも自由にそれを使って分析や研究ができるようになっています。 アクセスして「このプログラムのここはおかしいよ」とか「ここは直したほうがいいよ」とチェックできます。それも最新版をどんどん載せてくれます。すると、開発者はそれを見て「自分も将棋のプログラムを作ってみよう」と思う。棋士もアマ、プロを問わず「それを使って分析してみよう」となる。それで飛躍的にレベルが上がっているんです。 山中そこはチェスや囲碁のソフトとは違うところですね。 羽生それが可能だったのは、実は「将棋ソフトを売る」マーケットが十年くらい前になくなったからなんです。強すぎて誰も買わなくなりました。マーケットがないので利害関係がない。だったら、いっそのことオープンソースにして、みんなで自由にどんどん進化させようという流れになったんです。 年に一度の将棋ソフトの大きな大会が終わると、上位ソフトのいくつかがウェブ上に公開されて、翌年にはそれをベースにした新しいソフトが出てきます。その年の頂上にいたソフトが翌年には5合目くらいになっている、ということが繰り返されているので、本当に驚異的なスピードで進化しています。