「トランプトレード」で強まる「投機の円売り」、弱まる「実需の円売り」にも着目を
金融市場ではトランプトレードという名で財政・金融政策が拡張方向で織り込まれており、米国の物価・金利情勢は上振れするとの見通しが強まっている。こうした流れの中、ドル/円相場も150円台に乗せ、一部では160円台復帰を見越す声まで見られ始めている。果たして、この状況をどう読むべきなのだろうか。 【図表】投機の円売りは再び高い水準に達している 現状の円安は9月以降、米国経済に対する景気が成長するノーランディング(≒リセッション回避)シナリオが確度を増しており、これに伴って米連邦準備理事会(FRB)へのタカ派観測も強まり、日米金利差が再拡大を強いられているためだ。為替相場の方向感は金利動向に伴う投機筋の挙動に依存しやすいが、水準感は需給に依存しやすいというのが筆者の認識である。2022年3月の110円付近から24年7月の160円までの動きを日米金利差拡大だけで説明するのは難しい。 そこにはキャッシュフロー(CF)ベースで見た経常収支の赤字化や新NISA稼働に伴って急遽登場した「円の新しい売り手」である家計部門の存在など、基礎的需給環境の激変も考慮されるべきだろう。後述するように、現状では需給の改善が明らかに進んでいるものの、ノーランディングシナリオに賭けた円キャリー取引が復活しつつある。 投機筋の動向が反映されるIMM通貨先物取引の状況を見ると、投機の円売り持ち高は今年7月末以来の水準に達している(図表(1))。これから日米金利差が再び拡大するとの投機的な読みが盛り上がり始めている証左である。「投機の円売り」はまさにこれから盛り上がろうという雰囲気を感じる。
円相場の需給は改善中
しかし、「投機な円売り」とは裏腹に「実需の円売り」は付いてきていない。この点は国際収支統計から判断できる。既報の通り、24年初来の黒字額は極めて大きな仕上がりとなっている。 実は夏場以降、収まらない円安傾向とは裏腹に国際収支統計から得られる円の需給イメージは明らかに改善傾向にある。22~23年は「統計上の黒字」を確保しても、第一次所得収支黒字で円転されないフローを控除したCFベース経常収支で見ると安定的な黒字が確保できないという状況が続き、それが円安相場の底流にあるというのが筆者の仮説であった。これが世に言われている構造円安説の要諦とも言える。 しかし、CFベース経常収支の1~9月合計に関して22年以降の動きと比較すると、22年は約▲6.7兆円、23年は約▲1.7兆円だが、今年は約+1.5兆円と黒字を回復できている(図表(2))。図示するように、この最大の原動力は貿易サービス収支赤字の縮小である。 より詳細に言えば、(1)資源価格の落ち着きに伴い貿易収支赤字が縮小傾向にあること、(2)旅行収支黒字が前年比で拡大傾向にあることが挙げられる。それぞれ数字を見ておくと、1~9月合計に関し、旅行収支黒字は23年の+2兆4180億円から今年は+4兆3542億円と倍近くに増えており、貿易収支赤字も▲5兆4540億円から▲3兆8123億円へ縮小している。そうした動きを背景として貿易サービス収支赤字は▲8兆6337億円から▲6兆4434億円へ2兆円以上も改善している。 なお、第三の理由として(3)CFベースで見た第一次所得収支黒字がわずかに拡大しているという点も挙げられる。23年1~9月期を例にとると、第一次所得収支黒字は統計上で+26兆4022億円の黒字、筆者試算のCFベースでは約+10兆円の黒字だった。 これに対し、今年1~9月期を例にとると、統計上で+32兆1904億円の黒字、CFベースでは約+11.2兆円の黒字である。円転率(円転された第一次所得収支黒字÷第一次所得収支黒字の合計)は前年比で若干下がっているが、統計上の黒字が前年比で+6兆円以上も(恐らく円安もあって)かさ上げされているためCFベースで見た第一次所得収支黒字、ひいては経常収支黒字も改善しているという実情がある。 いずれにせよ経常収支から判断される「実需の円売り」の勢いは近年においては鈍化傾向にあると考えて良いだろう。