なぜ指導者は大声で怒鳴りつけてしまうのか? 野球の育成年代に求められる「観察力」と「忍耐力」
ドジャース名コーチの絶妙な声かけ
私はグアテマラにJICAの企画調査員として駐在している頃、「これが優秀なコーチの能力だ」と目の当たりにした瞬間がありました。ロサンゼルス・ドジャースの協力を得て、ドミニカのドジャースのアカデミーで20年以上のコーチ歴を持つアントニオ・バウティスタを招聘し、同国を含めて中南米で野球がまだ盛んではないエルサルバドル、コスタリカ、エクアドル、ペルーの指導者に対する講習会を開催したときの話です。 バッティング練習ではバウティスタが打撃投手を務め、グアテマラの中学生世代をモデルに実技指導を行ってもらいました。すると、ある選手が後方にファウルを打ったのです。バッティング練習の前にティー打撃を行い、バウティスタは理想的な打ち方を伝えていました。当該選手はまさにその打ち方をして、いいスイングができていたのです。しかし、タイミングがほんの少しずれて、後方へのファウルになりました。 居合わせた指導者たちにとって、単なる打ち損じに見えたと思います。そのファウルに対し、何の反応もありませんでした。私が「惜しい!」と思った瞬間に、バウティスタはその選手に笑顔で大きな声をかけました。 「!Me gusta tu intento!」 直訳すると、「君の今のチャレンジを僕は気に入ったよ!」という意味です。つまり、「今、君が試みたスイングはすごく良かった!」とはっきり伝えたのです。 後方へのファウルなので、結果としてはいいものではありません。でも、その選手はドジャースのコーチからトライしたことを認めてもらい、「自分は正しい方向に向かっている」と理解することもできた。だから満面の笑みを浮かべ、次の投球に対して思い切りバットを振りました。左中間に痛烈なライナーが飛んでいったことを今でも鮮明に覚えています。
「コーチはこんなところも見てくれているんだ」
このように、指導者は結果だけでなく、内容まで見極めて声をかけることが求められます。ヒットを打てた、試合に勝てたというのは誰にでもわかる事象ですが、たとえ思うような結果が出なかったとしても、チャレンジに対する評価を伝える。その能力が極めて大切です。選手が何をしようとしているのかを把握し、そのプロセスを見ながら声をかけるためには先述した「観察力」も必要になってきます。 グアテマラで見たバウティスタの声かけは、指導者として多くのヒントが詰まっていました。単なるファウルでもコーチがしっかり見ていてくれれば、選手は「コーチはこんなところも見てくれているんだ」「ファウルになったけど、アプローチを評価してもらえた」「このコーチにもっといろいろ教わりたい」となる。あの選手の笑顔には、前向きな思いがあふれていたように感じました。 コーチが一定以上の指導力を備えていれば、選手からのリスペクトは必ず得られます。もし両者が対等な関係にあっても、コーチの技量や心配りが選手に伝わり、尊敬の眼差しを向けられるはずです。 一瞬の出来事でしたが、そう気づかせてもらいました。 (本記事は東洋館出版社刊の書籍『育成思考 ―野球がもっと好きになる環境づくりと指導マインド―』から一部転載) <了>