フェニックス永久保存版インタビュー フランス最重要バンドが全アルバムを振り返る
フランスはベルサイユ出身の4人組、フェニックス(Phoenix)はフランスの現代ポップ音楽史におけるエポックメイキングな存在――そう言っても決して大袈裟ではない。彼らはかつて「ロック不毛の地」とされていたフランスから90年代末に登場し、2009年の名作『Wolfgang Amadeus Phoenix』でアメリカを制覇したことによって、それまでの常識を完全にひっくり返した。彼らの盟友ダフト・パンクがフランスの電子音楽を世界に広めた先駆者であるように、間違いなくフェニックスはロックミュージックのそれに当たるアーティストだ。 【画像】フェニックスの歩みを写真で振り返る そんなフェニックスもアルバムデビューから約四半世紀。バンドのこれまでの道のりや歴史を詳しくは知らないという若いリスナーや、最近の活動は見逃していたという往年のファンも少なくないだろう。そこで今回は、ソニックマニア(8月16日開催)、サマーソニック大阪(8月18日出演)での来日を前に、ボーカルのトマ・マースにアルバム単位でバンドの歴史を振り返ってもらった。フェニックスとはどのような価値観のバンドであり、各時期にどのようなことを考えながら活動していたのか、それが手に取るようにわかる、非常に充実した永久保存版のインタビューである。
1.『United』(2000年)
―『United』がリリースされた2000年はダフト・パンクやエールやカシアスなどに代表されるフレンチタッチの最盛期で、フランスから新世代が続々と台頭しているという熱気が感じられた時代です。ただ、彼らはみなDJ/プロデューサーであり、フェニックスのようなギターバンド/ライブバンドは他にいませんでした。やはり当時あなたたちとしては、まだ誰も足を踏み入れていない新たな地平を切り開いているという意識があったのでしょうか? トマ:今君が挙げたようなバンドとは、お互いをよく知っているよ。僕たちはそれぞれが自分たちのベッドルームで音楽づくりをしていたんだけど、楽器やサンプラーといった機材やレコーディング機材を貸し合ったりお互いから買ったりしてきたんだ。まあ、自分のことを“新たな地平を切り拓いているパイオニア”だと言うのはおこがましいと思うけど、何か新しいことをやっていたというのはあると思う。これまでに多くの人が観たことのないもの、聴いたことのないものをやっていたのは確かだし、それが新鮮に映ったんじゃないかな。 ―フランス出身のギターバンドが世界的に活躍するのは当時かなり珍しかったと思いますが、その点は意識していましたか? トマ:僕たちとしては、自分たちのエキゾチシズムというものは意識していなかったんだ。特にフランスでプレイするときはね。でもツアーに出るようになって、アメリカのミシガンでプレイしたとき、そこで「君たちは僕が出会った初めてのフレンチバンドだ」って言われたり、「フランス人のバンドはこれまで観たことがなかった」と言われたりしたよ。歌っている時はそれほどフランス人のアクセントを感じないようだけど、一度僕たちが話し始めたらフランスのアクセントがあるから、ビックリされたりね。僕たちの音楽性だったり見た目だったりスタイルだったりは、彼らにとっては異国のもの(で珍しいというふう)に映ったんじゃないかな。そういうリアクションに触れるのも、僕たちにとってはとても新鮮だった。それまでほとんどフランスから出たことがなかったし、そういうことを言われたのはフランス国外でツアーを始めたばかりの頃だったからね。 ―『United』は、70年代のウェストコーストロックや、マイケル・ジャクソンに代表される80年代のMTVポップ、さらにはヒップホップやカントリーやパンクロックの影響も取り入れていて、曲ごとに様々な表情を見せます。今になって振り返ると、この多彩さはいわゆる2010年代以降のポストジャンル的な感覚に近いものです。また、ウェストコーストロックやマイケル・ジャクソンなどの影響をインディバンドが取り入れるというのも、当時はまだ珍しかったと思います。かなり時代を先駆けていた作品だと今では位置づけられますよね。 トマ:うん、確かにそうだね。高校生の頃は、みんながひとつの、同じ種類の音楽だけを聴いている感じだった。例えばゴスだったら、ゴスだけしか聴かないみたいなね。レコードショップに行ったら、そこに自分のセクションがあって。少しアルゴリズムに似ていると思うんだけど、自分が何を聴いているかを自身で特定して、自分のセクションだけにこだわるというか。でも、僕たちはあらゆるジャンルの音楽を聴くのが好きだったんだ。もちろん、すべてのセクションの中で良いと思えるものはそれぞれ10パーセントくらいずつしかないと思うけど。その10パーセントの人たちはオリジナル性の高いものを作っていて、残りは全部普通という感じ。でも、どんなジャンルやスタイルの中でも、必ず良いものには巡り会えるんだ。僕たちはそういう多岐に渡る良い音楽というものを取り入れていったんだけど、それも自分たちでは気付かないうちに、自然に取り込んでいったという感じだよ。 ―自分たちの普段の音楽の聴き方がそのまま反映されたのが、あのアルバムだと。 トマ:僕たちはごく自然に、色々なインスピレーションをあらゆるところから受けているんだ。そのことに、1stアルバムを作る時に初めて気づいたんだよね。例えば「Funky Square Dance」は、冒頭はカントリー調のバラードから始まって、エレクトロニックなパーティへと展開していって、最後はヘヴィメタルで終わるような曲で。僕たちは、自分たちのレコードコレクションの全てをこのアルバムに詰め込もうと思ったんだ。ひとつのスタイルに固執することで、自分たちに制約を設けたくなかったから。昨今は、アルゴリズムに従って音楽を聴いているという感じがするよね。でも、僕たちはアクシデントを愛しているんだ。そういうものは最近、どんどん減ってしまっているように感じるけれど、僕はランダムなものが好きだし、予想していなかったようなものに出会うのもとても好きなんだ。 ―そういう音楽との接し方は今も変わっていませんか? トマ:今も、そのやり方は変わっていないね。同じようなアプローチで音楽に対峙していて、どういうところからインスピレーションを持ってくるか、どういう音楽を自分たちに取り込んでいくか、それは今も僕たちには予想もつかないんだ。自分たちの聴きたいものを明確にせず、バラエティに富んだものを作ろうと考えているから。ある意味、そういう奇妙なアクシデントを起こそうと奮起しているところはあるね。それがクリエイティビティに満ちたものを創造させてくれることも知っているし、僕たちに刺激を与えてくれるものだから。 ―エールのニコラが初期フェニックスを「5年早かったストロークス」と評したことがあるように、フェニックスはゼロ年代のロックンロール・リバイバルを先取りしていたとも解釈できます。ただあなたとしては、ストロークスやホワイト・ストライプスなどが牽引したムーブメントをどのように捉えていたのでしょうか? トマ:もちろん共感はしていたよ。彼らの曲が本当に好きなんだ。でも、同時にフェニックスとしては、僕たちはエレクトロニックとも言えないし、だからと言って完全にバンドとも思えないと感じていたし、どこにも属さないと思っていた。ホワイト・ストライプスやストロークスはギターバンドで、僕たちはサンプルを使ったりする。でも楽器も使えば、ドラムマシーンも使う。僕たちはバンドと、アーティスティックでコンセプチュアルなグループとの中間にいると思っているから、そうしたバンド界隈に属しているという意識はなかったね。 ―そう考えると、フェニックスの立ち位置は非常に独自のものですね。 トマ:ただ、あの時期に出て来た音楽はどれもとても好きだし、ロックンロール・リバイバルと言われるバンドは本当に素晴らしい曲やスタイルを持っていて、とても好きなんだ。同じように、ダフト・パンクやエール、カシアスに代表されるフレンチタッチと言われたグループも、プロダクションや音楽、映像、アートワークを全て駆使して、自分たちの音楽の見せ方について素晴らしいビジョンを持っている。それに、ホワイト・ストライプスやストロークスもそういったものを深く考えているよね。彼らを初めてテレビで観た瞬間に彼らのことが好きになったよ。もし高校生の時に出会っていたら、一緒にバンドを組んでいたに違いない、ってね。僕たちの世代としては、キーボードやサンプルを足したいと思うだろうけど。フランツ・フェルディナンドにしてもそうだね。彼らは優れたデザインセンスを持っているし、とてもエネルギッシュで。でもやっぱり、彼らはいわゆる正統派の“バンド”だと感じるね。僕たちはそういう場所……リバイバルを牽引したと言われることについてはありがたいと思っているけど、そこに属しているという感覚はないな。