甲子園決勝で涙した星稜・奥川はプロ1年目から2桁勝利を挙げる史上8人目投手になれる逸材か?
星稜と履正社のいずれも初優勝をかけた夏の甲子園の決勝戦は名勝負となった。1点のリードをもらった星稜のエース、奥川恭伸は、3回二死から2人の打者を歩かせ、大会屈指の右の大砲、井上広大に「失投」のスライダーを左中間に運ばれた。逆転3ランを許したが、その後を粘り、7回には味方打線がつながり一度は同点に追いついた。だが、奥川は、その直後の8回に2本のタイムリーを浴び力尽きた。 それでも奥川は最後まで笑顔だった。 「チームメイトからは“絶対逆転してやる”とずっと声をかけられた。最高の仲間を実感した、最後まで笑顔だけは崩したくなかった。逆転を信じて投げ抜いた。ホームランを打たれたのは失投。高目に抜けてしまった。これが今の実力です。ここまでこれてよかった」 グラウンド内での取材時間が終わるまで笑顔だった奥川だが、表彰式が始まると、もう涙をこらえきれなかった。何度も帽子をかぶり直し下を向いて号泣した。 9回で127球を投げ11安打、6奪三振、2四死球の5失点。決勝まで自責ゼロだったエースが打たれた。最速153キロが出たが、それは数える程度。球威で押し込む奥川のベストの姿には程遠かった。 だが、プロのスカウトの奥川の評価が下がることはなかった。 あるスカウトは、「私が決めることができるのなら間違いなく1位は奥川」と断言したほど。ヤクルトの元スカウト責任者として、伊藤智仁や、石井一久という好投手を指名してきた経験のある片岡宏雄氏は、決勝での奥川のピッチングをこう見た。
「頭がいい。ズバリ、プロ向きだ」
「セットポジションからのスタート。全力といったピッチングではなくコントロールを重視し完投を意識したペース配分をしていた。それでいて井上や走者を置いた場面では力を入れる。高校生で強弱をつけることのできるピッチャーはなかなかいない。プロでも横浜DeNAの新人の上茶谷のように何が何でも全力でいって墓穴を掘るピッチャーが少なくないというのに……頭がいい証拠。ズバリ、プロ向きだ。井上に打たれたボールは完全に失投。スライダーが抜けてしまっていた。いくら失投でも、そのボールをあそこまで飛ばす井上も非凡であることは確かだが、この暑さの中、500球を超える球数を投げてきて体力が消耗し状態が良くない中でしっかりとゲームを作ったのだから奥川の高校ナンバーワン評価が下がることはないだろう」 今大会5試合に登板して球数は512球。 クリーンナップを3人で抑えた9回も、最後の打者、内倉一冴に対してストレートは153キロを表示した。 では、奥川はプロ1年目から2桁勝利はできるのか。 片岡氏は、プロ1年目からの期待をこう明らかにした。 「アウトコースへのコントロールも含めて高校生としては、かなりできあがっている。体もあるし、入る球団にもよるだろうが、高校生と言えど1年目から戦力になるんじゃないか。ただ2桁勝利の保証とまではいかない」 ドラフト制度が導入された1965年以降の高卒ルーキーの1年目で2桁勝利を挙げたのは、たった7人しかいない。年代順に羅列すれば1966年の堀内恒夫氏(巨人)、 森安敏明氏(東映)、鈴木啓示氏(近鉄)、1967年の 江夏豊氏(阪神)、1999年の松坂大輔(西武)、2007年の田中将大(楽天)、2013年の藤浪晋太郎(阪神)の7人だ。 最多勝利は、堀内氏と松坂の16勝。堀内氏は防御率1.39で最優秀防御率タイトルを獲得、松坂も最多勝タイトルに輝いた。続くのが江夏氏の12勝、近年では田中が11勝7敗、防御率、3.82の成績を残し藤浪が10勝6敗、防御率、2.75の結果を残している。 確かに高卒の2桁勝利は簡単ではない。 片岡氏は、「奥川は松坂、マー君のレベルにはないが、マー君とダルビッシュが1年目に残した成績の間くらいの結果は出せるんじゃないかと思う。1年前から2桁勝たなくともスタートは、それくらいの方が、10年間、ローテーの軸を任されるような投手になるよ」