『クルージング』徹底した写実主義者が切り取る、善と悪の境界線 ※注!ネタバレ含みます
未解決連続殺人事件 bag murders
『クルージング』が制作されるきっかけとなったのは、1970年代に発生した、“ゴミ袋詰め殺人”(bag murders)と呼ばれる連続殺人事件だった。 6人の被害者は全員男性。バラバラに切断されてゴミ袋に詰められ、マンハッタンのハドソン川に投棄されていた。被害者の身元は判定できなかったが、警察は遺体に残されていた衣服に目をつける。それは、グリニッジ・ヴィレッジにあるゲイ・コミュニティ向けの店舗で売られていたものだった。警察は被害者がゲイであると推定するが、捜査は難航を極める。 そんな最中、映画評論家アディソン・ヴェリルの惨殺死体が自宅で発見される。争った形跡はあったものの、貴重品は盗まれていなかった。ゲイ男性だったアディソン・ヴェリルが、何らかの性的関係のもつれによって殺害されたのではないか?という線で、警察は捜査を開始。やがて、放射線技師のポール・ベイトソンが容疑者として逮捕される。 だが事件は、意外な方向に急旋回する。彼は刑務所に収監されているとき、「ゴミ袋詰め殺人の犯人は俺だ」と周りに自慢していたのだ。検察は証人を呼んでその発言を認めさせようとしたが、物的証拠がない。ポール・ベイトソンは、アディソン・ヴェリル殺害の罪で20年の実刑判決を受けたが、ゴミ袋詰め殺人に関しては不起訴となった。いまだにこの連続殺人事件は、犯人が捕まっていないのである(ちなみに「マインドハンター」シーズン2の第6話では、FBIがポール・ベイトソンに聞き取り調査する場面がある)。 ウィリアム・フリードキンがこの事件に関心を抱いたのには、理由があった。『エクソシスト』で、リーガン(リンダ・ブレア)が病院で血管造影検査を受けるシーンを撮影したとき、そのレントゲン技師として出演していたのがポール・ベイトソンだったのだ。 「彼がライカーズ島に拘留されていると知り、弁護士の名前も記事に載っていたので、その弁護士に電話して“ポールに会えないだろうか”と尋ねたんだ。すると数日後に彼から電話があり、“いいよ”という返事をもらった。それでポールに会ったんだ」(*6) ウィリアム・フリードキンは、ポール・ベイトソンから事件の経緯をヒアリングし、激しく創作意欲を掻き立てられる。『クルージング』制作にあたっては、『エクソシスト』が大きな役割を果たしていたのだ。