モーリタニアで「バッタのカップル」に嫉妬した研究者が、ふと気づいた「重大な疑問」
冷静さを取り戻す
朝のお祈りを終え、朝食の準備をしているティジャニに問い合わせる。 前「ティジャニよ。あれだけ大量にいたバッタがきれいさっぱりいなくなっている。どこに行ってしまったというのだ? 私が寝ている間に、スタッフが総出でやっつけてしまったのか?」 テ「アボーン? (マヂで? ) 私は何も知らない。そもそも18時以降にバッタを観ようとしたことがないから、夜にバッタが何をしているのか全然知らない。きっとどこかに飛んで行ってしまったのだろう。それより、朝食を食べよう。いつものアレに、ミルクにコーヒーを準備してある。お茶は食後に出すつもりだ」 そうだね、とりあえず落ち着こう。 アレとは、ウィータビックス(オートミール)と呼ばれる、猫草としてお馴染みの「燕麦」の実を乾燥させてバー状に圧縮した保存食の一種だ。これをマグカップに入れて、ミルクを注ぎ、お好みで砂糖をぶっかけて食す。 ティジャニたちはドロドロに溶かして粥(かゆ)状にして食べるが、食感がデロデロで私はあまり好きではない。サクサクした食感のまま口に運びたいため、ミルクをかけてサラッと食べるのが私流だ。長期間にわたる野外調査ではパンを食べられないから、似たような穀物を摂取する工夫がなされている。こちらで売っている紙パックに入ったミルクは、常温で数カ月保存可能だ。冷蔵庫が使えない野外調査でとても重宝する。 突然のバッタとの別れに錯乱しかけていたが、砂糖の甘さとコーヒーの温かさで冷静さを取り戻した。
新発見のきっかけ
落ち着きを取り戻したところで、通訳係でもあるティジャニをお供に、スタッフたちに聞き込みを行う。 ほぼ砂漠に住んでいるレベルでパトロールしているスタッフでも、夜間調査はしたことがない人がほとんどだそう。月明かりがなければ、砂漠の夜は真っ暗で遭難の危険もあるため、業務は日が昇ってから日が暮れ始める18時までと決められていた。 現地スタッフにとって、日暮れ以降の活動禁止は当たり前のルールで何ら疑問も抱いていないようだが、私にしてみれば、何か知られては困ることでもあるのだろうかと勘ぐってしまう。 聞き込みで有力な情報を得ることはできなかった。車で辺りを走り回るもバッタの大群は見当たらない。どうやら本格的にいなくなってしまったようだ。いないものはどうしようもない。次の調査に望みをつなぎ、一時撤収することにした。 「まぁ、いい。次のチャンスを逃さずに仕留め、絶対にものにしてやる」 絶好の観察の機会を失ってしまったが、これはとんでもない新発見のきっかけになると直感が囁いてきた。当時、職業としての昆虫学者になるために、論文発表のネタを探し求めていた私にとって、今回の観察は願ってもないものになった。 研究者として、歴史に残るような新発見を夢見るのは私だけではないだろう。一世一代の大勝負になりそうな研究テーマに巡り合えたことに、底知れぬ手ごたえを感じた。この巡り合いが、我が研究人生を大きく左右していくことになろうとは、このときは予想だにしていなかった。(続く) <充電タイムも重要…モーリタニアでの「灼熱地獄でのフィールドワーク」の過酷な様相>の記事に続きます。
前野 ウルド 浩太郎