『虎に翼』が描く“こうあるべき”からの脱却 伊藤沙莉演じる寅子の誰にも侵されない信念
“母だから”に縛りつけることをしない『虎に翼』
第16週はこれだけで終わらない。高瀬が名士と揉めたのは、戦争で亡くなった兄への想いをまだ整理できていなかったからだ。にもかかわらず、名士が勝手にぐいぐい彼の内面に踏み込んできたため激昂したのだ。それは寅子の優三(仲野太賀)への心情と重なった。娘・優未(竹澤咲子)に父の話を聞きたい(それも駄目なところを)とねだられたとき、寅子はなぜか何も話せない。自分でもよくわからない感情は、星航一(岡田将生)が「死を知るのと受け入れるのとは違う。事実に蓋をしなければ生きていけない人もいます」と言った言葉にしっくりきた。 寅子もまた優三の死を受け入れたことにして必死で仕事に集中していたのかもしれない。もしかして、いくら仕事が忙しいにしても、優未とあまりにも触れ合っていないように見えたのも、優未と向き合うと必然的に優三を思い出すからかもしれない。 じょじょに優三が好きになって、子まで成したとはいえ、自分の打算で優三を振り回した負い目もきっとあるだろう。どんなに愛情を確かめあっても、入口がズレているので、優三への感情が体内でねじれてのたうち回っていたのではないか。……等々、想像が膨らんでいく。 優未との距離は、高瀬が娘さんへとくれたキャラメルが縮めてくれた。兄との思い出の食べ物だと自ら語る高瀬。それを夜中、歯をすでに磨いたあと、やや罪悪感を覚えながら優未とふたりで寅子は頬張る(あとでふたりで歯磨きをする)。すると自然に優三の思い出を語ることができた。 母だから、娘に父のことを必ず語らないといけないとか、娘と対話をしないといけないとか決まり事がありそうで。でもその決まりはいつ誰が作ったものなのか。母だからといって、ひとりひとり違いがあり、寅子は仕事をがんばりたいし、優三の思い出もうまく語れないし、娘の話(学校のこととかいろいろ)を聞くこともうまくできない。でもそれが寅子なのだ。 そして、航一に再会して何か心が動いてしまうことも誰にも咎められることはできないのだ。なんて勝手に寅子が航一に会って楽しくなっているように想像しているが、航一の屈折した反応に対して、頑張って明るく愉快に振る舞って見せているだけかもしれない。ナレーション(尾野真千子)も駆使して心情を多めに言語化しているにもかかわらず、それでも追いつかない寅子の複雑な胸のうち。
木俣冬