ドラフトでの不平等!? 逆指名でプロ入りした名選手(3)“日本の4番”はドラ2で
2024年プロ野球ドラフト会議が、10月24日に開催。数々のドラマを生んできたドラフト会議だが、以前は希望する球団を宣言できる逆指名制度が存在した。1993年に導入され、自由獲得枠、希望入団枠制度と名称を変え、2006年まで存続した。そこで今回は、逆指名制度で入団した名選手を紹介したい。
松中信彦
・投打:左投左打 ・身長/体重:183cm/97kg ・生年月日:1973年12月26日 ・経歴:八代第一高 - 新日鉄君津 ・ドラフト:1996年ドラフト2位 平成唯一となる三冠王を獲得するなど、球界屈指の強打者として活躍した松中信彦。地元球団を逆指名し、プロのキャリアをスタートさせた。 八代第一高から新日鉄君津に進んだ松中。1996年のアトランタ五輪では日本代表の4番打者を任された。 迎えたドラフト会議では、地元・九州に本拠地を置く福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)を逆指名し、ドラフト2位でプロ入り。同期入団には井口資仁(ドラフト1位)、柴原洋(同3位)と後の主力選手が多く名を連ねた。 入団後2年間はやや苦しんだが、プロ3年目の1999年にレギュラーを奪取。主軸打者へ成長を遂げ、2004年には打率.358、44本塁打、120打点と圧巻の数字で三冠王に輝いた。 その後も主砲として活躍を続けていたが、2010年以降は故障もあって出場機会を大きく減らし、2015年限りでソフトバンクを退団。他球団でのプレーを模索したが、獲得球団が現れず、2016年3月に現役引退を決断した。
ベースボールチャンネル編集部