「管理職は多くの『言葉』を持たなければならない」アーチェリー山本博氏のチーム全員を輝かせる指導論
――ビジネスの世界においても、管理職は部下のモチベーション管理に日々頭を悩ませています。 山本 スポーツにおいては「全員が勝者にはなれない」というシビアな現実があります。大会に10人が出場するとして、優勝者は1人だから、あとの9人が敗者になることは分かっている。「とても優勝は無理だな」という選手もいます。それでも、大会に出場することにどんな意義や価値があるのかを見出し、伝えるのが指導者の役割です。 他にも、例えば野球で本人が「4番を打ちたい」と思っていても「この子には2番バッターの方が向いている」という場合がある。適材適所をどうやって見抜いていくか。そして、今のポジションにいること、この仕事に取り組むことが本人にとってどんなメリットがあるのか。それを言葉にして伝え、イメージを持たせ、納得させるための「伝える力」が、スポーツの世界だけでなく企業組織の管理職にも求められると思います。 部下の適性は見抜けるけど、それを相手に伝えられない人は山ほどいます。伝え方が「上から目線」になったり言葉が足りなかったりするので、相手が不満を抱えたまま今のポジションでくすぶってしまうわけです。 ―― コミュニケーションを改善するためには何が必要でしょうか。 山本 指導するには多くの「言葉」を持たなければいけません。例えば「肘を上げてください」という言葉が理解できなかったとしても「右腕を上げてください」と言い方を変えたら通じることがある。1つの指導でも違う言い回しの選択肢をどれだけ持てるかどうか。 一方で、いくら伝えても相手が理解できない、または受け入れられずに平行線になることもある。その時はいったん置いておくこと。そして、他の解決できそうな課題を先に解決してあげることです。そうすれば相手にとっても抱えている課題が減るので、お互い気持ちが楽になる。そして「あの時言われたアドバイスも受け入れてみようかな」と相手に変化が起こることがあります。 ■ 「負けから学ぶことがある」は勝者のおごりに過ぎない ――「伝えられていない」ことを自覚するのは、言うほど簡単ではなさそうです。 山本 伝えるのが苦手な人は、だいたい自分自身が結果を出してきた人なんです。そういう人は失敗経験が少ないので、失敗する人、できない人の気持ちが分からない。 それに、スポーツの世界ではよく「勝ちから学ぶこと以上に負けから学ぶことがある」などと言いますよね。でも、それは勝った人間だから言えることですよ。私も今だに現役を続けていて負けてばかりですが、負けること、できないことはちっとも面白くないです(笑)。「負けから学ぶことがある」と言うととりあえずかっこいいからみんなそう言うけど、私からすると「上から目線」な言葉という印象を受けます。 勝ったことのない人が「負けから学ぶ」って難しいんですよ。勝ちの味を知ることで初めて負けたときとの比較ができて「あの失敗が糧になっているんだな」と思えるようになる。ずっと負け続けていたらそれが分からないんです。 ――「勝ち」の体験をさせてあげることが大事、ということですか。 山本 そうなんです。まずはどんな小さなことでもいいから「成功した」という達成感を感じさせてあげることが大事。その人が不得意なことでなく、得意なことを与えて、成功を得られたら、その成功と失敗の時の違いを本人が理解する。そうすることで初めて、さらなる課題に自分から向き合おうとする前向きな気持ちが生まれるんです。 全員が全員、同じ指導、同じアプローチである必要はありません。力量や適性に応じて、乗り越えられそうな課題を個別に与えることが大事です。 その時に、人によっては「彼には大学受験用の参考書ではなく、中学2年生の教科書からやらせた方がいいな」という場合がありますよね。かといって何も言わずに中学2年生の教科書を渡したら本人のプライドが傷ついてしまいます。それをどうやって納得させられるかが、管理職の役割だし、そのためにも「伝える力」を身に付けなければなりません。