ヒトiPS細胞10年 山中伸弥教授に聞く「日本の研究者厳しい環境アピールを」
ちょうど10年前の2007年11月20日(米国東部時間)、京都大学・山中伸弥教授のグループが米国科学誌に発表した論文、ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)開発成功のニュースが世界を駆け巡りました。2012年には、iPS細胞の一連の研究で、ノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しいところです。 その山中教授がインターネット上である呼びかけをしているのをご存じでしょうか。 ご自身が所長を務めている京都大学iPS細胞研究所(CiRA)のHP上で、「ご支援のお願い」として、iPS細胞の基礎研究から実用化までは長い道のりで、開発には膨大な資金を要するとしたうえで、「CiRAの教職員の9割以上が非正規雇用。財源のほとんどが期限付きである」と訴え、寄付などの支援を呼びかけています。 最先端ともいえる研究でさえ、厳しい状況にある日本の科学研究環境をどうするべきか。iPS細胞の今後についても含め、山中教授にお話しいただきました。
約10年ぶりの米国研究所 ── 日米で研究環境に開き、衝撃
私(山中教授)は1993年から96年まで米国留学(グラッドストーン研究所)したのですが、その時は研究レベルという点において日本とあまり差は感じていませんでした。 しかし、その後約10年ぶりに上席研究員として再び訪れて驚かされました。建物が大きく変わり、研究室の壁を取り払い、研究者同士が活発に意見を交換する『オープンラボ』が当たり前になっていました。さらに10年前からの同僚がたくさん残っているだけでなく、秘書、施設管理者、論文を校正してくれる研究支援者の方もたくさん残っていて衝撃を受けました。 私が所長を務める京都大学iPS細胞研究所では、iPS細胞の基礎研究、応用研究を進めていますが、約9割が「非正規雇用」の教職員です。さらに労働契約法が改正され、契約が5年を超えた人は無期の労働契約を申し込めるようになりました。 逆にいえば5年近く働いていた非正規の教職員が、5年満了を前に契約を打ち切られる可能性が高くなったというのが、日本の大学の現状です。結局、大学の研究者などは5年ではなく10年に期間が延長されましたが、現状は変わらないともいえます。 米国では医師と研究者の社会的ステージは同等にみられます。しかし、日本ではそうとは言えません。今のままでは、大学院に残って研究を進める人はどんどん減ってしまう。また医師も若手時代に病院現場の仕事をまず覚えなければならず、20代のうちに研究に取り組む時間というものはほとんどないと聞きます。 (メモ) 山中伸弥教授は1962年生まれ。大阪府出身。現在、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)所長、グラッドストーン研究所上席研究員を務めている。2012年、再生医療の切り札として期待されるiPS細胞の研究「成熟細胞が初期化され多能性をもつことの発見」によりノーベル生理学・医学賞をジョン・ガードン博士と共同受賞した。